高貴な人に世話をされる神の虫をご存じですか?〜蚕〜

最近では、絹は衣類だけでなく、「医療分野での活用」が注目されてきています。まだまだ、研究段階のようですが、医療という分野で絹が本格的に活用されるようになったとしたならば、また養蚕に注目が集まる日がくるかもしれません。

【人間に世話されないと生きられない虫】

虫、すなわち「昆虫」は私たち人間とは全く違った構造をもっているものも多く、膨大な種類の中には「驚くほど高度な能力を秘めた存在」もいます。そんな昆虫の中に、「人間に世話をされなければ自分で生きていくことが出来ない」ものがいます。しかしながら、そんなか弱い存在ながら、「皇后陛下が直接世話」をしたり、「神の虫」と呼ばれて大切にされているのです。

 

【5000年以上前から飼育されてきた蚕】

その虫とは「蚕(かいこ)」。蚕はその名前からしてスピリチュアルな要素を含んでいます。蚕という漢字を分解すると「天」と「虫」に別れることから、そのものズバリ「天の虫」という説もありますし、元々は神虫で「かんこ」と呼ばれていたものが、「かいこ」へと変化したともいわれていますが、その名前の由来ははっきりとはわかっていません。なぜなら、蚕が人間に飼育されはじめたのは、なんと「5000年以上も昔」だからなのです。

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【野生に存在せず人間に依存した虫】

遙か昔から人間によって飼育されていた蚕は、「野生には存在しない珍しい昆虫」です。さらに、例え野生に戻そうとしても、基本的に自ら餌をとる能力がないために、「野生に戻ることは不可能」であり、ここまで「人間に依存した昆虫は蚕だけ」だといわれているほど希少な存在です。

 

【蚕が生み出す美しい絹】

蚕を人間が飼育する理由は「絹」を作るため。蚕が作る繭は「天然の絹繊維」で作られており、これを採取することで絹を作ることが可能となります。衣類としての絹は美しさや肌触りがとても優れていることから、蚕によって生産された絹は一時期は、「日本にとって重要な外貨獲得の手段」でした。高級品の絹を生み出してくれるとして、農家の人々は蚕を神聖視するだけでなく、蚕の成育を見守ってくれる神様への信仰なども生まれたのです。

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【蚕にまつわる多くの神々】

蚕の飼育を守護してくれる神様は「蚕玉(こだま)」「蚕玉大神」などと呼ばれていました。また、中国には「蚕女(さんじょ)」と呼ばれる女神が存在しています。こちらは、元々は人間の娘だったものが、「馬の毛皮に包まれたことで蚕へと変じた」とされています。このような人間の娘と馬が関連した神様として、日本には「オシラサマ」がいます。こちらは現在でも東北で祀られている存在ですが、中国のものとほとんど同じで、殺された馬の皮に包まれた娘が天へと昇ったり、殺された馬と共に天へ昇った結果、神へと変じ蚕の守護神になったとされています。

馬と娘が関係することで蚕へと変じるというのは不思議であり、現在でも民俗学者などの研究対象となっていますが、そもそも、「蚕は女神の身体から産まれる」とされていました。『古事記』では、素戔嗚尊の怒りを買って殺されてしまった「大気津比売(おおげつひめ)」の頭から蚕が産まれたとされていますし、『日本書紀』では月読命の怒りを買って殺された「保食神(うけもちのかみ)」の眉から産まれたとされています。前述の馬と女性のケースと同じで、まず「殺されることで産まれる」というのが基本のようです。これは、絹を採取するためには、羽化する前に蚕を殺すことが必須という点から来ているのかもしれません。「命を落とすことで高価で美しい絹へと生まれ変わる」というわけです。

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【日本有数のパワースポットで行われている養蚕】

そんな高価な絹も、安価で質のいい合成繊維が多く作られるようになり、その座を譲ることになります。それとともに、養蚕もどんどんと行われなくなっていますが、現在でも東京の中心部で養蚕が行われています。それも、日本有数のパワースポットともいえる「皇居」の中で行われているのです。

これは明治時代に時の「皇后陛下がはじめた養蚕」が現在にいたるまで続けられているものであり、「100年以上にわたって、歴代皇后陛下の仕事になっている」のです。皇居で飼育されている蚕は「日本原産」のものであり、品種改良が続けられた最近の蚕に比べると絹の生産量は低いものの、ずっと同じ種類が使われています。なぜ、天皇家が同じ品種にこだわるのかは定かではありませんが、そもそも、蚕がどのようにして現在のように人間に依存するような生態系として確立したのかもわかっていないのです。もしかしたら、各地で蚕が神と結びつけられるのは、高価な絹を生み出すだけでなく、そもそも私たちよりも「高次の存在からもたらされた昆虫」だからなのかもしれません。

 

【今後は癒しをもたらす可能性を秘めた蚕】

最近では、絹は衣類だけでなく、「医療分野での活用」が注目されてきています。まだまだ、研究段階のようですが、医療という分野で絹が本格的に活用されるようになったとしたならば、また養蚕に注目が集まる日がくるかもしれません。そうなったならば、人の命を救う絹を生み出す蚕は、より神の虫という名声を高めることになることでしょう。

Insect of God that have been bred since time immemorial.
Silkworm and God.

 

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