狼語り……神の使いである『眷族』の能力やいかに
場所は日本、徳川さまの政策と帝の真摯な祈りで長く平和が保たれた江戸時代、寺の朝、箒を手に寺の門前を掃除する男の姿。寺の外の掃除や庭の手入れなど雑用をする人物で、坊さまではない。男は何をしたのだろう。
「グラウ、もっと深い意識に潜れるかい? 」
甚六が珍しくゆっくりとした口調で話しかけグラウの集中を助けたあたりで、暗転してワンスポットで場面が切り替えられた舞台のように、男がしてきた所業が映し出された。
まだ世の中が明治維新を迎える少し前の時代までは、ごくごく稀に秘密の裏稼業をする者がいた。朝、まだ暗い時間、寺の門前には時として、幼児や赤児が捨て置かれていることがある。
表向きは、息がある者は介抱し里子に、冷たくなっていたなら供養し墓に葬る。当時の寺には必然としてそういう役目が有ったのだろう。
しかし、墓に埋められるはずのモノが、鳥獣や魚と組み合わせて加工され、人の知る伝説の怪異=カッパや烏天狗などの剥製になる。現代によくある昔から伝えられた化け物のミイラはその保存状態が良かったモノだろう。
男は全ての工程をひとりで、化け物製作をしていた。この男以外にも技術者は各地にいて、このような作り物は旅回りの見世物や民間信仰の法話の出し物に引っ張りだせば集客力は抜群、より精巧な造形が興行主から求められた。
そうして作られた見世物が、見たり拝んだりした人の念が積もり積もるうちに個性を持ち、作られた物そのままの姿に妖怪化して、実体が朽ちた後も意識を持って存在し続けていた。
「ロクさんたち、猫に入り込んでいた人霊を由縁も調べず霊界送りにしたね。男の手から作られた《物》に素材となった生き物の魂や拝んだ人の念が混じって化け物霊になり、作り物が朽ちた後は作者に新しい体を作らせようとして、男の霊に憑いていたんだ。
男は死後も化け物霊たちに体を作れと追い回されて成仏出来ず、あちこちの猫に取り付いてはネズミや虫を採って化け物霊の借り住まいにしてきた。
化け物たちは、宿る屍体が必要と思い込んでいるんだね。今時のこの辺の飼い猫はネズミなんか見無いからぬいぐるみを集めた。ゲームキャラなら化け物に似ているのもあるし。」
グラウが見たく無いモノを見させられたって表情丸出しで甚六に言う。
「じゃあ、その男の霊だけあの世に行ったから、ひとまずぬいぐるみに憑いて大人しくしていた化け物たちが、男の霊を追って俺たちの祠に来たのか。」
甚六が化け物霊に憑依されたぬいぐるみを想像すると、グラウはそのビジョンを共有して、説明する言葉を探した。
「ぬいぐるみに化け物霊は取り憑けなかった。霊は同じ因縁や興味を持つ存在にしか取り憑け無い。沢山でも同じ境遇の化け物霊が憑くには、ぬいぐるみは一つあれば済んだはず。
化け物霊は子供に好かれた波動を持つぬいぐるみに憑く事が出来ず、男の霊と猫を使ってかっぱらいを続け、取り憑けるぬいぐるみを探すうちにぬいぐるみを集める結果になった。
いつかは幼児趣味な変態に憑いて、幼児を拐って男がしていた裏稼業を模倣させたのかな。拝まれていたモノの霊力は人の欲で育つから強力だ。」
それを聞いて甚六はしまったと思った。
「おい、あの男の霊はどうなってる?(甚六が部下に質問すると即、心に部下の答えが)『修行霊界で掃除の奉仕をしています。』だって? 化け物霊を残してった男のした事は重い因縁なはずじゃねぇか、何で地獄に堕ちないんだ。」
甚六が感情的になるのは珍しい。
「神道系の稲荷眷族は家運隆盛とか手形の不渡りを防ぐとかは大得意だが、猟奇的な事件は苦手で大嫌いだ。カワイイがきどもの《ぬいぐるみ失踪事件》に手を差し伸べたつもりが、そんなグロい事に関わった人間が許されて成仏する手助けをしていたとは情けない。」
《ぬいぐるみ失踪事件》の後始末。なにやらキナ臭い雰囲気になってまいりました……。
狼と狐そして猫は、千と百年近い時間の過去に悲しい因縁で繋がっていたと申しましたが、さてさて次回はどうなることやら。お楽しみに……。