【 狐眷族『長老』。小野照崎神社の狐が想いを投げる…… 】
長老が長話しをまだ続けそうな気配の中、小野照崎神社の狐は、質問の声を挙げた。
あるじが祟り封じで祀られ、魂の一部が輪廻転生の輪から取り残されてでも、人々を守る思いで祭神となっている所以に涙していた小野照崎神社の狐には、正室を死に追いやった偽の正室が神社に祀られている事が納得行かない。
「祟り鎮めでもなく、人々の守りとなろうなんて意思もないただの人が神として祀られたって事は、魂全部が輪廻転生の輪から封印されたことなんでしょうか? それとも本人は地獄に堕ちたのですか? お参りしてご利益なんてあるわけ? 」
飛び出しそうな勢いの小野照崎神社の狐を、グラウと甚六は思わず左右から抑える。
長老狐は上目使いでその三匹を見ると、「ふっ」と小さく炎を口から漏らして答えた。
「その女人も時代の犠牲になった哀れな存在でしかない。謀られたのだねぇ。」
「ジジィ。タバカラレタなんて古い言葉でごまかすのはやめてくれ。将門さまの妻子を死に追いやった女はどうなったんだ。祀られてたなんて、なんだそれ。祀れば神様だと? 」
グラウの長老に対する呼び名がジイさんからジジィになったが、長老は涼しい顔でまた上目使いで今度は祠に集う皆を見ると、「ぷっ」と炎を口から吹いてから答えた。
【 狐眷族『長老』。上から目線で祠に集まるモノ達に説く…… 】
「神にはなっておらぬ。正室を騙った心に闇を持つ女の神社には、素戔嗚尊様の娘のスセリビメ様が共に祀られていて、その女神様が詣でる人間の願いを見守りながら、女の浄化も見守っておられる。亡き将門さまを慕う人々によって死後祀られ、祟り封じで祀られたわけではないが、罪もあるが善もあるただの女さ。
祀られた事で、輪廻転生から外れて神社に絡め捕られ自由は無い。女の魂はそこで、人々の喜怒哀楽を見せつけられ、助けを請いられ、己れの非力に苦しみながらも千年の時の穿ちに濯がれてただの薄光に戻りつつある。その神社に祈願した人々がいて、願いが祈願した本人の努力で叶っても、お礼でお参りする人たちの謙虚な感謝の祈りに、女の魂はわずかづつでも洗われてゆくのさ。
恥も知れば慈悲も知るように仕組まれているのだねぇ。いっそどんな生き地獄でも輪廻転生していたほうが浄化は早いのだろうけどねぇ。」
「てえことは長老さま、その女は人の魂でありながら、何も知らずに詣でる人や神様に守られて、千年かけてなお罪を清められ中って事かい。親切すぎないかそれ。」
甚六は同じ稲荷狐の礼儀なのかいつも通り『長老様』と呼びかけて質問した。
長老はまた、にゅーっと目を細めると
「神様から見れば、正室を騙った女も子を守る母ゆえの姿で、そのお子は将門さまの子なんだよ。将門さまから正妻として『君の前』なんて呼ばれたとついた小さな嘘が、広げた風呂敷を畳めない大嘘になったのだねぇ。『君の前』なんて民の目線で、当時そんなふうに妻を呼ぶ者は無い。女が正室はそう呼ばれていたろうとついた嘘だねぇ。
戦とはそういうものなんだよ。弱い者の嘘で真実が葬られる。いけないのは領地を巡る血縁同士の争いを招いた古代ヤマトの呪いではないかねぇ。」
なんだかはぐらかされた気分の甚六とグラウに代わって、小野照崎神社の狐は、甚六たちとの縁の深さが判明した平将門さまについての質問に矛先を変えた。
「最初の誰かの質問にありましたが、将門さまは、お体や武具が各地に祀られておられますが、どこも同じ将門さまが降りておいでなのでしょうか? こうして語らう私たちの前には来て下さらないのですか? 」
これには甚六とグラウが凍りついた。自分たちはまだ、この時代で平将門さまにはお目にかかっていないのだ。