魂のQOLを向上させようVol.34
~”おもい”のこめ方

「思」と「想」という漢字。この二つの漢字の、違いを知っていますか?思いを届けていくために、重要になってくるのが「型」。思いをこめる上で、最も重要なことは何でしょうか?型を保ち続けるためには、意識し続けていかねばなりません。それも無意識行動と言われる段階まで研ぎ澄ます必要がある。それが「思いをこめる」の本当の正体なのです。
魂のQOLを向上させようVol.34<br>~”おもい”のこめ方

魂のQOL向上のためのスキルを、鑑定師惠美子がお伝えするシリーズ。
今回は「おもいのこめ方」について、お伝えします。

 

■「思」と「想」の違い■

この二つの漢字の、違いを知っていますか?
語源で見ていくと「思」とは「頭に加えて、心に思う、考える」という意味があります。
一方「想」の方は、「他の人に及ぼして思う」こと。
つまり、「思」はあなた個人のものであり、「想」は、相手に対して使われるものということになります。
この二つの「おもう」がズレたとき、ひとは「おもいが通じない」という世界を体験することになるのです。

 

■型なくして、思い通じず。型のみなら、さらに通じず■

思いを届けていくために、重要になってくるのが「型」。
武道、書道、茶道など、道のつくものは大抵この「型」を持っています。
まず型をしっかり作り、そこに思いを乗せることで完成させる。
先人たちはそうすることが「思」と「想」のずれをうめる手立てであると、よく知っていたのでしょう。
でも、この「型」が、実は一番難しい。
型だけあっても思いは届きません。
それは、所詮入れ物に過ぎないからです。
なおかつ型に溺れてしまうと、思いが抜け落ちてしまう。
こうなってはもう、何も届きません。
古い言葉に「仏作って、魂入れず」という言葉がありますが、あれは仏様の形だけ作ってみても、そこに魂が入らなければなんの意味もない。
つまり、いくら形ばかり作ってみたところで、そこに思いがこもらないならば何の意味も持たないということを伝えているのです。

「型破り」というのは、まずこの型を落とし込んだ人が辿りつける場所。
最初から型を守らないのは、破るべき型がないわけですから、型破りでもなんでもありません。
では、それはなにか。それを人は「野放図」といいます。
この二つは似ているようで、まったく別のもの。
そして、決して勘違いをしてはならない、大切なことだと覚えておきましょう。
型を持っていても、そこに心がないなら、相手には届きません。
ましてや野放図に型がないならさらに届かない。
目に見えない思いだからこそ、きちんと共通確認できる「型」が必要なのです。
結局わたしたちは、見えないものも見えるようにさせる努力、「可視化」を常に問われる生き物なのだと理解しておきましょう。

 

■思いをこめる上で、重要なこととは?■

思いをこめる上で、最も重要なことを最後にお伝えしましょう。
皆さんは、それを正確に判っていますか?

最も重要なこと、それは「ゆとり」。
自分にゆとりがないときに思いをこめることも、相手に思いを馳せることも多分無理でしょう。
余裕がないときにやったことというのは、往々にして自分のことで手一杯になりやすいものなのです。
では、どうするか。
1拍置いてどこからなら余裕を持てるか、自分の中を客観視してみましょう。
タイミングだったり、心の整理だったり、思考の整理だったりと人によりいろいろだと思いますが、ゆとりを奪っているものを改善すると、そこからいろんな現実がスッと変化していったりします。

つまり、変わることを恐れているうちは、思いを籠(こ)められない。
型だけのことを「小手先」などと言ったりもしますが、小手先で得たものは結局、いつかあっさりと砂の城のように崩れて行ってしまうものです。

型は、ちょっと頑張れば誰にでも手にすることができます。
でも、その型を保ち続けるためには、意識し続けていかねばなりません。
それも無意識行動と言われる段階まで研ぎ澄ます必要がある。
それが「思いをこめる」の本当の正体なのです。

あなたのいまは、型だけですか?
それとも、しっかり思いが籠められていますか?

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