一宮千桃のスピリチュアル☆シネマレビューPART.72 「セッション」

監督自身が高校時代ジャズドラムに打ち込み、鬼教師に指導された経験を基に、長編デビューした本作でアカデミー賞に見事ノミネート!

予測不可能な展開で見せる
鬼教師と生徒の激烈音楽バトル!!

原題の「WHIPLASH」とは、「鞭の一打ち」という意味だ(劇中で演奏される楽曲のタイトルでもある)。観る前はジャムセッションみたいな映画かしら? と思ってたんだけど、観終わった今、原題の意味に納得。鞭は一打ちどころか、荒れ狂っていたけど。「調教」という言葉が浮かんだほどだ。人が人を調教。それが教師と生徒という関係。指導は調教ではないが、そういう面もあることは確かだ。しかし、それは幼少期とかある時期に限られるように思う。それに、そこには絶対の「愛」がなければいけない。
本作において教師の生徒への接し方は極めて危険。しかし、時にそれが「奇跡」のようなものを呼ぶ、かもしれない。
驚きに満ちたラストはそんなことを思わせる。が、歪な指導は最後には破綻しかないのだろう。だいたいにおいて。
予測不可能な展開に翻弄された、アカデミー賞にノミネートされたのもうなずける秀作である。

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名門音楽大学に入学し、ジャズドラマーとして名を上げようと野心に溢れた青年アンドリューが主人公だ。彼はある夜、伝説の鬼教授フレッチャーの眼に留まり、バンドの練習に参加するよう言われる。フレッチャーの指揮するバンドに所属すれば将来は約束されたようなもの。アンドリューは喜ぶが、その教授の指導は凄まじく、怒鳴る殴る言葉で辱めると、恐怖と屈辱と支配の世界だった。しかし、アンドリューは悔しさをバネに教授の指導に食らい付いていくのだが……。

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監督の高校時代のトラウマ体験を映画化
師との理想の関係は「セッション」だ!

監督のデイミアン・チャゼルは、自身が高校時代ジャズドラムに打ち込み、鬼教師に指導された経験を、今回の長編デビュー作で描いたそうだ。高校卒業から10年たっても、その教師の怒鳴り声や授業はトラウマになっていて、悪夢となって何度もうなされたと言う。監督はこのトラウマを映画化することで乗り越えたのだと思う。いや、スピリチュアル的に言うと監督はこの映画を撮るためにその鬼教師と出会ってしごかれた、のである。だから、教師に感謝、となる。

『セッション』サブ1  小

 

映画のラストは監督の、「師との理想の関係」を描いていたようにも感じられる。
服従ではない、対等、もしくは協力、そうセッションだ。

一番心に沁みたのは静かな鬱屈シーン
誰しも日に何度もそんな表情してるはず

アカデミー賞を受賞した教授役のJ・K・シモンズの演技も凄いが、私はアンドリュー役のマイルズ・テラーの演技も鬼気迫るものがあって良かった。どんどん壊れていって、むちゃくちゃで見てられないんだけど、そこが面白い。なぜ彼は演技賞にノミネートされなかったのかしら? ドラムもほとんどやったことなかったというのに、この素晴らしい演奏演技である。

でも、私が一番良かったのは、映画の激しい部分ではなくて、静かなシーンのひとつひとつがとても繊細で心に残った。たとえば、アンドリューが父親と映画に行ってポップコーンにレーズンを入れて食べるシーンや、好きな女の子を盗み見するシーン。そして、彼女に罵倒されて「……」と憂い顔になってしまうシーン。アイスクリームを食べながらぼんやり街を歩くシーン……。人に見せたくない逡巡したり、落ち込んだり、自己嫌悪になったりのアンドリューの屈折する表情を捉えてちゃんと見せるシーンはどれも心に沁みた。

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私も一日に何度もそんな表情をしている。この映画の激しい部分は静かなシーンが支えている。丁寧な細部があってこそ、ドラマの激情は高まる。

世に出るのはまずは自伝的なことで。と私は思っているが、さてこの監督、次回作はどうなることか? もう本作1本でも、彼は十分目的を果たしたような気もするのだけど。トラウマ解消というね。

 

■TOHOシネマズ梅田、TOHOシネマズなんば、TOHOシネマズ二条、シネ・リーブル神戸、TOHOシネマズ西宮OS、公開中

■監督・脚本 デイミアン・チャゼル

■出演 マイルズ・テラー J・K・シモンズ メリッサ・ブノワ ポール・ライザー オースティン・ストウェル ネイト・ラング

■107分

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