ココロセラピストが語る!
「欲はあって良い!
ではいったい何が問題なのか?」について

欲はあったほうが良い? 良くない? それは“欲”の解釈によって変わるのではないのでしょうか……
ココロセラピストが語る!<br>「欲はあって良い!<br>ではいったい何が問題なのか?」について

『金食い虫』ってどんなムシ?

僕は子供の頃、『金食い虫』と呼ばれていました。

簡単に言うと「あれも欲しい、これも欲しい」とダダをこねて親などを困らせる人の総称です。

なんて酷い呼ばれ方。『ワガママ』とか『何でも欲しがり屋』とか他にもマシな言い方があったでしょうに。いかにも昭和っぽい言葉ですね。親なら我が子にレッテルをべったりと貼りつける前に、レッテルを貼られないように教育をすべきではないかと思わずツッコミを入れたくなって来ます。

とはいえ、過去の自分を振り返ると確かに強欲だった気がします。逆の立場だったら我が子だろうとなんだろうと差別用語と言われようともやっぱり『金食い虫』という言葉で相手を揶揄したくなるかもしれません。

それはそうと、自己弁護するわけではありませんが、可能であれば親は自分の子に変な呼称をつけるよりも、ちゃんと教育してあげてくださいね。皮肉を言いたくなる気持ちは存在しても、最終的には皮肉を言いたいのではなく、欲について自己管理のできる人間になって欲しいというのが目的なのですから。

余談ですが最近では、「TATSUMIさんは欲が無いですね」とよく言われます←わらうところ。

 

欲って悪いものなの?

世間では欲を持つ事は悪だと思っている人が多いように感じます。しかし僕は欲と言うモノはそんなに悪いモノでは無いと思っています。なぜなら理由は簡単で、僕たち人間は欲があるから生きていけるのだと思えてならないのです。ここでいう「生きる」という概念は心臓が動いていればOKと言う意味ではなくQOL(生活の質)を指します。単に心臓が動いているだけでも幸せで文句の言いようもなく、他の事はどうでも良いと本気で思う人がどれだけいるでしょうか。おそらく99%の人がそれでは物足りないと感じると思います。

欲とひとことで言っても、実は欲にもたくさん種類があるのです。誰だって少なからず守りたいモノがあったり、欲しいモノがあったり、食べたいモノがあったり、なりたいモノがあったりしますよね。それらの欲を少しでも現実に近づけようとする事こそが、殆どの人の生きる原動力になっていると言い切っても過言ではないと思います。

僕は自分自身がセラピストであり続けたいと言う欲があります。だから今もセラピストなのです。だからこうしてセラピストとして記事を書く事が出来ているのです。もし自分が希望職種に就いている、もしくは近いポジションにいるのに、やりたくない分野の仕事に転職を勧められたら、余程の高待遇でも無い限り拒否すると思います。これは決して悪い事ではありません。自分がどうありたいかという欲は大事なのです。

 

欲そのものに罪は無い。
欲の解釈によって罪になっているのだ!

では何故と見なされるのでしょうか。その原因は欲というものを安易にお金に結びつけてしまうからという気がしてなりません。お金の話をするとややこしくなりそうですが、僕は決して「お金=悪」と言っているのではありません。欲もお金もあった方が良いのです。ただここで強調しておきたいのは、欲とはなんでもかんでも最終的にお金に結び付けられるものではないと言う事です。

少しわかりにくいかもしれませんので、わかりやすくするためにも僕自身のエピソードを少しアレンジしてお話します。

僕がまだ、心のお仕事の駆け出しだった頃の事です。とある講習を受けていて「自己実現」の話になりました。どうやったら自己実現できるかという講義だったと思います。そんな時、受講生同士がコーチングをしあって、自己実現に近づこうというワークをしました。僕がクライエント役だったときの事です。

コーチ役(以下コーチ):あなたの何があっても達成したいモノはなんですか?

(……なんだろう。多くの人の心に寄り添える事かな……。でも、こうして今も学びの場で新しい出会いで楽しめているし、満足と言えば満足だよな……)そうですね。今の生活からどん底に落ちて食いっぱぐれたりしなければ良いなって思います……。

コーチ:は? あのですね、今は自己実現の話をしてるんですよ。食いっぱぐれ無ければ良いってどういうことですか!

(え?なんか僕、怒られてるの?)でも、確かに具体性に欠けますよね、すみません…。(とはいえ、代案が思い浮かばない。思い浮かばないって事は、案外今が幸せなのかもしれないな…)

コーチ:こんなことを言うのはなんですけど、あなた志っていうものが無いんですか?

:(え?僕って志が無い人間だと思われているの!? 志があるからこうして安いとは言えない受講料払って勉強しに来てるんだけどなぁ…

コーチ:そもそも、現状に満足して志もないなら、わざわざここに来て学ぶ必要なんて無いと思いますよ!

:(ええええっ!?そうなの……???それって本人が決める事では……

コーチ:そんなままだと自己実現どころか○×△…!! たとえば、年内に一億円稼ぐために具体的なヴィジョンを○×△……!!!

:年収一億円ですか。それは良いですね。でも、そのために自己実現に向けてどうするかという方向にベクトルを合わせると、他の事を削るとかそういう事も出て来るわけですよね? 年収一億にそこまで自分にとっての価値があるのなら、それはステキなヴィジョンだと思いますが、そうではないのにそれを目指してしまったら、逆に言えば無駄な時間と労力ですよね?……って一億円っていうのは例え話だと思いますけど……。

コーチ:あのですね! 何をするにもお金ってあった方が良いんですよ! 自分の店を持って美味しい料理を提供するとか、どう考えたってお金がいるんですよ! 家族を守ることだって、老後の自分の事だってそうです! それに、ギリギリの生活をしていて、もしそれが保てなかったらどうする気なんですか!!!!

:はぁ……そうですね……。

と、このようなやり取りになってしまいました。僕はこの場にそぐわない人間と言うレッテルを貼られてしまったわけですが、これは単なる短時間のワークであって、実際のセッションでコーチが僕に、こう言ったわけではありませんのでご安心ください。

でも、周囲を見渡すと、どうも多くの人がお金の話をメインに持って来ている気がしてなりませんでした。「志が高い=高収入をガムシャラに目指す人」みたいに思っている人がこんなにも多い事に、少しショックを受けたのを覚えています。ちなみに、これは『思い込み』と呼ばれるもので、本当は志というのは、そういうモノではありません。

そもそも、全てをお金に結びつけてしまう事自身がお金に対するメンタルブロックがある証拠です。何がそんなに金銭的な不安を引き寄せてしまっているのか。その辺を探ってみる方が大事な気がします。

というと、僕がまるで金銭的に恵まれていて贅沢三昧に生きていると思われそうですが、残念ながらそういうわけではありません。ただ幸せのベクトルがちょっと、そういう人たちとは違うだけです。

 

お金社会。

この国は資本主義経済で成り立っています。だから、僕たちは知らず知らずにお金こそが幸せであり、お金こそが目指すべきゴールだと勘違いしきってしまっているのです。勘違いが過ぎると、高級車を乗り回し、ブランド服を身につけて、毎晩パーティーで「オホホホホ…」とお金持ちな人たちと談笑することが最終ゴールのように思っている人たちが多いです。もちろんそれが悪いわけではありません。ただ、それを国民全体目指すゴールだと思い込まない方が良いと言っているのです。

 

実は裏がある。

実は資本主義社会の中には裏のある人たちが存在します。つまり、欲望を意図的に作り出して植え付ける事で、人々を洗脳し誘導し、搾取する側の人間がいるということです。そして必要以上に欲を持つように誘導するのです。しかし人間の欲は果てしなく、ちょっと刺激を与えれば直ぐに食いついてしまう傾向も確かにあります。確かに貨幣経済の社会でお金の循環が悪くなると生活は苦しくなってしまいます。結果として、みんなのQOLが上がり、幸せだと感じる人が増えたのならば問題ありませんが、現実はそうではありません。みんながお金持ちになってしまったら、それが最低基準になってしまうので、更にお金を生み出さなければなりません。つまり、永久に格差を作り続けなければなりません。搾取する側とされる側の差は広がって行くかもしれません。ではいっそ、資本主義を廃止して共産主義にすれば良いのかというと、決してそういうわけでもないから厄介です。この厄介さが、僕たちの価値観を、欲というものの目指す先をお金に直結してしまっているのです。

 

欲について。

僕はオムライスが大好きです。だからオムライスが食べたいです。これは僕にとっては大事な欲です。そのくらいの欲ならすぐに満たす事が出来ると思います。もうちょっと贅沢を言えば、カニを食べたいです。これは、少し難易度が上がります。ではたまに食べられるとしたらどうか。それで僕は満足です。毎日カニを食べ続けたいとは思いません。これはステーキでも同じです。こんなふうに、実は欲と言うのは、個人差こそあれ、ある程度満たされたら、案外幸せを感じられるのではないでしょうか。後は、家族や友達が元気で仲良くしてくれたら最高です。たまに、カッコイイ時計が欲しくなったり、旅行に行きたくなったり贅沢をしたくなるときもあります。しかし、その手の欲というのは、毎日湧きでて実現できないとイライラする程のものではないのです。

僕は決して貧相に暮らして満足としなさいと言っているのではありません。自分が本当に望むモノは、貪欲になって良いと思うのです。ただし、それには条件があって自分の心が望んだモノです。誰かに植え付けられた疑似的欲求は搾取されるだけなので、バッサリ切り捨てて行った方が良いと思います。本来、望まないモノは欲とは言いません。不要な欲求は欲では無いのです。

Do well good or evil?