ココロセラピストが語る!?
【愛とお金】とは

現代社会において、人生で一番大切な物は愛? お金? しかしあまりにお金を絶対視しすぎると……
ココロセラピストが語る!?<br>【愛とお金】とは

欲しいモノは愛とお金!?

人生で最も大切なモノはなんでしょう。小さなお子さんでしたら「ゲーム!」とか答えるかもしれませんが、それはそれとして。大人の方でしたら殆どの方が、「愛だよ、愛!」とか「お金に決まってるでしょ!」と思うかもしれません。僕も同時にこの2つが思い浮かびます。お金という概念が無かった時代はわかりませんが、モノに価値というものを見出す時代以降は、おそらく大昔から似たような価値観だったのではないかと思います。

 

愛に種類がある?

愛と言っても、これがまた定義が難しいです。キリスト教の方々の間では、少しややこしいのですが愛は大きく分けて6つあるそうです。ざっくりと一緒に見て行きましょう。

1.エロスの愛……ロマンチックな一目ボレ型。異性の外見に強く興味関心を持っている。

2.ストロゲーの愛……友情第一。じっくりと仲良くなろうとする。嫉妬はそれほどない。

3.ルダスの愛……恋愛ゲーム。遊び感覚。複数とOK。

4.マニアの愛……オタク(?)。独占欲と嫉妬心が強烈。

5.プラグマの愛……自己実現のための手段。目的によって相手を選ぶ。

6.アガペの愛……自己犠牲なんてヘッチャラ。とにかく尽くす。

もちろん、全員がどれか1つに必ずしもピッタリ該当するわけではありません。そのような傾向が強いというだけで、少なからず複数の要素は絡み合っているものだと考えて下さい。これは傾向の話であって、ここでは善悪の話ではありません。そして、これは愛に対する解釈の1つに過ぎませんので、必ずしもこれらに該当しないモノは愛ではないという意味ではありません。

ここで少し考えてみましょう。愛というのはシンプルそうですがややこしいものかもしれないという事が見えてきました。ということは、愛が欲しいと言っても必ずしも万人に対して共通の、という意味では無いという事は知っていた方が良いかもしれません。言い換えると愛にも相性があるということですね。

「私、愛が欲しいの……」と言う人はたくさんいますが、好みでは無い人に愛されても軽くスル―しますよね。ものすごくエゴが介入しているとも言えます。しかしながら実際問題誰でも愛せるかと言うと、そういうわけにも行きませんし、欲を言えば愛する対象も選びたいというのが本音ではないでしょうか。ただし、僕がここで言いたいのは自分が好まない対象は不幸になっても良いという意味ではありません。相思相愛ならよし。そうではない人も、自分とは違った形で違った道かもしれませんが、お互いに幸せになって欲しいと言う気持ちは持っていた方が良いです。

 

「お金が好き!」って言うと守銭奴のイメージに直結?

僕はお金が大好きです。お金が好きと言うと意地汚いイメージがあるかもしれませんが、「別にお金、好きじゃない…」と言う人が僕に全財産をくれるかと言うと、まずそういう事はありません。お金は生きる上で、やっぱり重要なのです。お金と言うとエゴと直結するイメージがあるからマイナスのイメージがあるのかもしれませんが、愛だってもしかしたらエゴの1種類かもしれません。そのように言うと愛を愚弄しているみたいだから、多くの人たちは『愛のエゴ説』をタブー視しているだけという気もしないではありません。お金というものは、生活を守ってくれて自己実現を応援してくれる大切なパートナーなのです。そして使い方次第では自分のためだけではなく、自分以外の人のためにも役立てる事が出来るのです。そう考えると安易に「お金なんて……」とは言えませんよね。とても愛おしい存在なのです。お金と言う概念が無い世界で僕たちが進化を遂げたのであれば、違った解釈もできるかもしれませんが、少なくとも今の社会のルールでは無いよりはあった方が良いのは間違いないようです。

 

お金の切れ目が縁の切れ目?

汚ない話ですが「金の切れ目が縁の切れ目」と言う言葉があります。若い子だったら、デート代を出してくれない相手、割り勘も出来ず、奢って貰うばかりの相手だと幻滅したりしませんか。いくら趣味が合おうと外見がよかろうと、それらは愛のきっかけに過ぎず一過性のモノだったと言う事もありますよね。結婚するしないにしても「やっぱり収入が少ない人は結婚できないよね……」という人も多いと思います。「それって愛なの?」と言おうものなら激怒する人も少なくないと思います。ちなみに僕はお金の有無が愛の判断基準で良いのかどうかと言う話をしているのではありません。お金を持っていない人、稼ぐ手段が無い人に対して「私(俺)が稼ぐから、そんなに気にしなくて良いよ」と言える人もいると思いますし、人はそれこそ、色々な考え方の人がいますし、いても良いのです。

 

お金で愛は買えるか?

お金が現代社会において必須であろうことは言いました。ではお金至上主義の人たちは、本当にお金で何でも買う事ができるのでしょうか。これも簡単にYES-NOとは言えません。恋人や配偶者にご馳走したりプレゼントしたり旅行に連れて行ってあげたりしたら、ほぼ高感度は上がります。交際していない段階でも、やり方さえ間違わなければ気を引く事も可能かもしれません。しかし、お金と言うものはツールであるということは忘れてはなりません。そして、これは強調しておきたい事でもあるのですが、お金を絶対視し過ぎると、嫌われるので気をつけて下さい。恋愛に例えると「おい! 俺はお前のために一体いくら使ったと思ってるんだ!」と軽々しく口にする男性(女性もいるかもしれませんが)は要注意です。好きな相手の気を引こうと思って投資しても必ずしも相思相愛になれるとは限らないと言う事が完全に頭から抜け落ちています。交際中でも、このような恩着せがましい人は嫌われて当然です。相性と愛情(表現)が満たされなければお金は必ずしも武器にはなりません。恋愛に限った事ではなく、家族関係でも同じ事が言えます。「お前たちは、誰のお陰で飯が食えていると思ってるんだ!」と自分の権威を振るおうとする人が稀にいますが、この発言をしたために信頼関係が大きく崩れ去ってしまいます。恋愛にしろ家族関係にしろ、誰かのために一生懸命お金を貯めて使ってくれるのは本当に素晴らしいともいます。しかし、そこに恩着せがましさや露骨な裏(チヤホヤされたい。尊敬されたい。相手を支配させたいetc…)が見え隠れすると、全ては台無しになってしまうのです。

世の中は必ずしもキレイ事だけで成立しているわけではありません。複雑な要素が絡み合っていて、そんな中で自分なりに冷静に、時に情熱的に自分の感情や知識や行動を駆使し、結果的に愛やお金に対して喜びを感じているのです。逆に言えば迷惑な愛もあれば迷惑なお金もあるのです。

愛もお金もお互いが幸せになるように駆使して下さい。