『あなたの価値は0円?』~ココロセラピストが問う!差別と偏見とは?~

もし、自分と違う存在との価値観の相違で、人の道に反する事や、心の底から本能的に受け入れられない事があったら……
『あなたの価値は0円?』~ココロセラピストが問う!差別と偏見とは?~

人間社会は人と関わることで成り立っている!

人は人と関わりを持つ事で生きています。人によってどんな人と関わるかは大きく変わって来ます。もしもあなたが学生なら学生と関わりを持つ事が多いと思います。もしもあなたがママならママ仲間との関わりが増えると思います。職業でも同じ事が言えます。自分の接する人は関係職種が多いと思います。人は社会的に自分に近い存在と繋がる傾向があるのかもしれません。職業や所属している何かの他にも、価値観が似た人たちが集まったりする事も多いです。

 

人が苦しみやすい環境とは?

人が生き辛さを感じるパターンはたくさんありますが、その中でも対人関係の影響は大きいと思います。特に自分以外の誰かに求められたイメージと、自分が望む自分らしいセリフイメージとのギャップが大きければ大きい程、人は苦しさを感じるものです。俗に言う『良い子』が病んでしまいますいのは、そのためです。自分に向いていない事や、心の底からやりたくない事を、具体的な対策も何もなく何らかの強制力(要するにパワハラ)のみでさせられ続けると、人の心は弱ってしまうのです。

 

人と円滑に関わるには差別や偏見を減らしていく事が大切!

冒頭で人は社会的に自分に近い存在と繋がる傾向があると言いました。
しかし、よくよく考えていると近しいタイプの人間とばかり関わっていると、価値観が偏り過ぎてしまう危険性もあるので注意が必要です。
自分自身が今まで正しいと思っていた価値観を違った環境で押し通そうとしたら、そこで争いが起ってしまうか、相手にされなくなる事もあると思います。

何らかの影響で環境が変わってしまった時に適応できなくなってしまう危険性もあります。場合によっては、自分に近いタイプの人間としか関わらないあまり、知らぬうちに差別や偏見が出来あがってしまっていたり、大事な事を見落としてしまっていたりする場合もあるかもしれません。

僕たちの中には型にはまりやすいタイプが少なくない気もしますが、型は決してひとつではないということを覚えておくと良いかもしれません。人と円滑に関わるには近いタイプの人と関わっていた方が楽だとは思いますが、時々でも、自分と違うタイプの人と接してみると、価値観の『差』が見えて来て、勉強になります。

時には衝突したり、理解しがたい事もあると思いますが、そこは正念場です。その『差』を知り、冷静に解釈出来るようになると世界は広がって来ます。そうすることで差別や偏見も減らして行けるのではないかと思います。
もし自分と違う存在との価値観の相違で、人の道に反する事や、心の底から本能的に受け入れられない事があったら、必ずしも迎合しなくても良いのです。その時は、そっと距離を置けば良いのです。戦いが必要になる事もあるかもしれませんが、必ずしも好戦的になる必要はありません。

 

差別や偏見は種類がいろいろある!

自分や自分の置かれた環境の価値観が必ずしも何処でも通用するわけではないという事と、自分と違ったカテゴリの人と接してみるのも勉強になるという話をして来ました。

ところで、僕は僕で知らず知らずに似たような世界の人たちと関係を持っていると思うのですが、だからこそ、悩み事にも共通項が多いです。

僕と接する人たちの中にはサービス業の方も少なくありません。もちろんクライエントさんも含めてです。自分が物質的なモノを扱っていないので、自然とそうなりやすいのかもしれません。もちろん自分が興味関心をもっと外に広めれば話は変わって来ますが、それはここでは敢えて触れません。

差別と言えば人種差別、学歴差別、男女差別etc……が思い浮かぶかもしれません。しかし、あまり気にしたことがないかもしれませんが、折角ですので「これも差別ではないか?」と思える話をしておこうと思います。

サービス業の中でも、音楽家、イラストレーター、ライター、セラピストなどは、何故かボランティア、もしくは無料サービスと勘違いされる事が多いようです。

音楽家やイラストレーター、ライターなどは趣味の一環と勘違いされている事もあると思うのですが、そもそもそれが差別であり、偏見です。セラピストが必ずしもボランティアと思い込んでいるのも偏見です。だとしたら、「彼らは一体、どうやって生活しているのか?」という話なのです。

個人的な事を言えば、僕はメリハリを大事にしていますので最初から線引きを徹底しています。活動を始めた頃は、「記事を書いて下さい」「話を聞いて下さい(カウンセリング)」的なお願をして来て、お金の話をした途端に「え?お金取るの?だったら頼まないよ!」と逆ギレをする方も多かったのですがよくよく考えれば無礼ですよね。もしも僕が何かをした後でお金を請求したらインチキですが、最初にお金の話をした途端、怒りだすのはマナー違反です。

もちろん誤解される側の人たちも、自分自身(の仕事)をきちんと知って貰う努力は必要だと思います。しかし、サービス業では無い方たちにも、何かをして欲しいから依頼をするわけだという自覚を持ち、事前に自分から確認してくれるとありがたいです。

音楽家もイラストレーターも、血の滲むような修行をしてスキルアップして来たのです。一朝一夕でお手軽、即席で誰にでも出来る事ではありません。それを「趣味」とか「ボランティア」という言葉で一方的に決めつけてカテゴライズされてしまうと本当にいたたまれない気持ちでいっぱいになります。

世の中は、確かにお金だけではありません。しかし「求めるけど与えない」の精神を持っていると、世の中から差別や偏見は無くなりません。

「そのくらい無料で良いじゃないですか。ケチですね……」と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、「そのくらい」という主観を押し付ける事も差別なのです。「そのくらい」と軽く思える事なら、敢えて誰かにお願いする必要すらないのです。

当然と言えば当然なのですが「自分がされてイヤな事は相手にしてはならない」という基本を押さえておく事が大切です。

もし、自分が会社で「そのくらい(サービス)残業してくれたって良いじゃないか?」とか、「普段、会社にお世話になってるんだからボーナスなくても良いじゃないか」と言われたら、労働意欲がなくなりますし、社会貢献とか自己実現とか、どんなに思っていても自分が生活できなかったら、無気力になってしまうのと同じです。「私は社畜ではない!」と声を大にして怒ると思うのです。それと同じ事なのです。

上記の話は例ですが、こんなふうに普段自分とあまり関わりの無いカテゴリの人たちと接してみると「言われてみれば、そうかもしれない…」ということが案外多いかもしれません。もちろん、マイナスの意味だけでなく「え?それ、いいね!」と思えるようなヒントもたくさんあるかもしれません。