魂のQOLを向上させようVol.27
~感性を育てる、ということ

感性を受け取る準備があれば、それだけで世界が変わってくる。そんな感性を磨いて自分のカルマを燃やしていきましょう。
魂のQOLを向上させようVol.27<br>~感性を育てる、ということ

魂のQOL向上のためのスキルを、鑑定士惠美子がお伝えするシリーズ。

今回は、感性を育てるということについて、お伝えします。

唐突ですが、魂はどうやって成長していくと思いますか?
何もしないで、魂は成長できるでしょうか?
何もしないということは、普通に社会生活を送っていたら、あまりないと思います。
でも、それは「何かをしている」に過ぎず、漠然と時間や日常を消化しているということ。
それでは、魂が成長するわけがありません。

確かに、日常の中で人はある程度、成長に結びつく経験をしているのかもしれません。
そもそもが、誰もが何らかの精算すべきカルマを背負っているわけで、そのためにめぐってくる課題というものがあるわけです。
であるなら、その中で少しずつでも研鑽されてはいくはず
でも、その一方で、無意識に無自覚に、その課題に取り組んでいるのだとしたら、その人はきっとまた、おなじ轍を踏んでしまうだろうなぁ、と思うのです。

以前、こんなことを言った方がいました。

おなじ轍を踏むことが、悪いことだとは限らない

聞いたとき、新しい視点だと思いました。
そして、ある意味一理あるとも思いました。
マイナスのカルマは繰り返してはならないとされるし、昇華していくためには、きっとおなじ轍は踏まないほうがいい。
でも、それが悪いことだとは限らないと考える魂もいるのだなぁと。
すべてのやさしさが正しいとは限らないように、すべての間違いが悪だとは
限らない
それは確かに一理あるね、そう思いました。
でも、それが一理あるのは、新しい感性を本人が得たときのみという付帯条件がつくんだなぁってことも、後になって知ることになるのですが。

つまり、新しい感性が育っていないところで「過ちを繰り返すことが悪いことだとは限らないよ」と言ってみたところで、結果としておなじ悲劇を繰り返してしまうのが人間、ということです。
成長したつもりでいても、結果としておなじ轍を踏んで「結局は、前と同じだった」と愕然とするのが、現実の多くの姿でしょう。

感性がないということは、それを受け取るためのグローブがないことと同じです。
受け取るための準備ができていないわけだから、何も受け取れない。
ただ、それだけのことなのです。
野球をしたことがない子どもは、ましてや見たこともない子どもはクローブをはめてボールをとるということを知りません。
つまり、感性がないということは、やりかたも使い方も、ましてや楽しみ方なんて判るわけもないということなのです。

それって、勿体なくないですか?

それを受け取る準備ができる、ただそれだけで変わる世界があるのならば、準備をして、受け取ったり参加できるようにして、自分の世界を広げたほうがいいに決まっています。
そうするうち、燃えていくカルマもあるかもしれない。
知らない人が多いかもしれませんが、カルマとは燃やすことで昇華されます。
そして、その燃やすという行為は、行動によってしか、もたらされないのです。

ここで、感性についての注意点を1つ。

感性には、いいものも悪いものもあるということを知っておきましょう。
悪いほうの感性を育てることを「助長するといいます。
つまり、いいほうは育つけれど、悪いほうは助長するだけ。
でも感覚的には悪いほうも育ったような動きをするし、人によってはそれがいい方向へ変わったように誤解してしまう人もいるのです。
成長ではなく、助長してしまっている場合、必ずどこかで問題となって現れてきます。
現れるまでも兆候として落ち着かない常に不安がついて回る日常的に周囲に怒りが溢れている」どの症状が見えてきます。
このような状況に身をおいてしまったら、実は成長ではなく、助長してしまった何かがあるのかもしれない、と自分を疑って自己分析し、現実を修正する方向へシフトしていってくださいね。

しっかりとよい感性を育てて、カルマを燃やせるような行動ができる自分作りを日々の生活の中で心がけていきたいものですね。