古事記の神々と繋がる瞑想
〜出雲の国から伝わる助け合いの精神〜

この瞑想では、昔の日本人の持っていた優しさや暖かさが伝わってきます。太古の日本人が持っていた「助け合う精神」が、現代の世の中に光り輝いて浮かび上がってくるのです。
古事記の神々と繋がる瞑想<br>〜出雲の国から伝わる助け合いの精神〜

僕は福島県の小さな田舎町の生まれで、高校卒業までそこで過ごしました。
田舎には未だ親戚が農業をしていて、震災の影響で生活は決して楽ではなさそうです。

東北では震災からもう4年も経っているというのに、未だに仮設住宅に住んでいる人達が沢山いて、震災の復興もなかなか思うように進んでいないように感じます。

それに比べて東京では、数年後に控えたオリンピックの話題と準備で大忙しです。そしてオリンピックが開かれる東京を訪れようと世界中から多くの人達が押し寄せてきています。

きっと多くのお金が東京では動いているのだろうと推測します。

れに比べて、田舎の福島ではどうなのだろうと思わずにはいられないのです。

政府が悪いとか、行政が悪いとか言うつもりはなくて、僕にしても東京の経済の動きの恩恵を少なからずも受けているのだから良い事もあるのです。

しかし僕は「何かがずれている」と思わずにはいられないのです。

田舎の福島や東北は、歴史的に見ても昔から割に合わない事が多い。東北地方が蝦夷と呼ばれていたその昔には蝦夷征伐という戦いがあり、近年では戊辰戦争などの戦いがあって、何度かの震災に津波、そして冷害や日照りなどの自然災害。そういった事があって多くの人命が失われました。

困難に出会った時、幾ら頑張ってもどうしようもない事というのはあるのだと思う。そういった時というのは、誰かの助け無しには立ち上がる事が出来ないのかも知れません。

 

かつて古代日本には、困っている人達を助けるシステムというのがありました。
「神無月(かんなづき)」という言葉を聞いた事があると思います。言わずと知れた、10月の日本古来の呼び名です。
それが出雲地方(島根県)では、「神有月(かみありづき)」と言うのです。

それは、日本各地の神々が10月になると出雲に集合して留守になるので「神無月」と言うそうです。
そして神々が集まる出雲では「神有月」と言うそうです。

その神々が集う神無月ですが、いったい何のために神々は集まったのでしょうか?
それは日本各地の農作物や、自然災害などについて話し合う為の集だったようなのです。
自然災害で困っている人がいたら助けを出して、食べ物に窮している人がいたら食べ物を分け与える。というような事を話し合う為のミーティングだったようなのです。

そういった助け合う精神というのは、出雲が集合国家だったからあったのかも知れません。しかしその精神というのは、やがて「出雲の国譲り」によって日本が中央集権的な国家に変容していくにつれ崩壊していくのです。

 

そんな古代日本の助け合う精神を思いながら、僕は「古事記の神々と繋がる瞑想」というをするようになりました。

古事記とは、日本の古い事柄を集めて記した日本の歴史書のようなもので、日本人として知っていたい情報がいっぱい書いてあります
その沢山のエピソードが載せられている古事記ですが、その中でも僕が一番好きな箇所は「出雲の国譲り」のパートです。

その昔、日本の多くの土地は出雲の国だったのだと思います。人を思い、困っている人達を助けて、魂が繋がっていた。僕はそう信じるのです。

僕のこの瞑想では、昔の日本人の持っていた優しさや暖かさが伝わってきます。太古の日本人が持っていた「助け合う精神」が、現代の世の中に光り輝いて浮かび上がってくるのです。

この瞑想を体験した人が「自分を大切に思い、人の事も大切に思い助け合う」というような気持ちを感じて、心が暖かくなってくれれば良いなと思います。

それはきっと太古の人々が持っていて、現代の日本人が忘れかけている大切な事なのではないかと思うのです。

【直近開催のワーク紹介】
・「言霊」と「古事記の神々と繋がる瞑想」
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