一宮千桃のスピリチュアル☆シネマレビューPART.70 「陽だまりハウスでマラソンを」

メルボルン・オリンピックの元金メダリストの老人が、老人ホームを舞台に様々な困難を乗り越え、再びオリンピック出場を目指す!

ドイツの老人ホームの現状を見つつ
感動させられる、奮起老人マラソン映画!

最近世はマラソンブームだけど、一人の人間の一生分の心拍数というのは決まっているので、マラソンしたりして心拍数を上げると早死にするらしい。だから人間はあんまり激しい運動をしないほうがいいと言われる。ウォーキングとかの軽い適度な運動は必要だけど。私も運動は毎朝の15分程度の体操のみ。あとはエスカレーターを使わないとか、たまに一駅歩くとかくらい。
しかし、マラソンというものは、見る分にはとてもドラマチックであると思う。
よく人生にたとえられるし、映画でもたくさんマラソン関連の作品はある。
本作も80歳近い老人がマラソン大会に出場するというもの。しかし、この老人はかつてのオリンピックのマラソン優勝者という設定ではある。

広い庭には木々が生い茂り、りんごの木にはりんごがたわわに成り、住み心地の良さそうな邸宅で老境を静かに楽しく過ごしていたパウルとマーゴ。パウルは1956年のメルボルン・オリンピックでマラソン競技での優勝という輝かしい過去があり、マーゴはパウルを公私共に支える名サポーターだった。しかしある日マーゴの体調不良により、ふたりはこの素敵な家を売り老人ホームに入ることになるのだ。一人娘がふたりの面倒を見れないとはいえ、こんな素晴らしい家を即売るなんて……と見てて早くも苦い思いがした。
そして入居した老人ホームはお決まりの子どもじみたレクリエーションや合唱と、まるで老人たちの人格無視の経営。活動的なパウルはイラつき、自分とマーゴのために決意する。ベルリン・マラソンに出場する……と!

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感動作である。特にラストの本当のベルリン・マラソンで撮影したというレースシーンは胸が熱くなる。主演のディーター・ハラーフォルデンは撮影時78歳で、トレーニングと摂生で熱演し、見事ドイツ映画賞の最優秀主演男優賞を受賞した。
パウルとマーゴの互いを「風」と「海」と言い合う夫婦愛も心に残る。
個性的なホームの入所者たちのキャラクターも秀逸。

Sein letztes Rennen

 

管理化される老人ホーム
そこで快適に暮らすためには……?

Sein letztes Rennen

さて、私が本作でイラッとしながらも興味深く見たのは老人ホームのパウルへの対応と、一人娘の父親とホームへの対応である。パウルのような協調性のない元気な老人は施設にとってはとても迷惑。だから、あれこれとマラソンの邪魔をするのだが、しなくてもいい認知症の検査をして夕べの夕食を思い出せないと認知症の傾向ありとしたり、暴れたら拘束着でベッドに縛り付けたりと、むちゃくちゃ。しかし、こういう行為は映画だから、というものでもない。たぶん大きな施設では多かれ少なかれ入所者をルールに従わせる行為はあるのだろう。以前紹介した「パーソナル・ソング」での内容しかり。薬で統制をとるということも当然あるのだ。

最近近藤誠さんと曽野綾子さんとの対談「野垂れ死にの覚悟」という本を読んでいたら「老人ホームはどこも静からしいですよ。みんなしゃべらない。並んで前を向いて黙ってご飯食べている」「老人ホームに入ると一週間で歩けなくなる。車椅子に乗せられて、いたれりつくせりだから何もしなくなる。でも最初は何でもやってくれていいんだけど、そのうち嫌になる」という記述があって、どこも一緒なんだなあ、と改めて暗澹とした。

一人娘も、勝手に検査をした職員に少しは非難を表すが、結局職員の言うことを信じてしまう。なんか、この娘と父親の間に信頼関係ってないのね、と落胆。
まあ、あってもどうしても職員という専門家のことを素人は信じがちではある。私の両親も高齢なので、心は乱れる。両親も医者の言うことは盲信状態で、危ない薬を処方されても飲んでいる。私が注意しても、飲むことをやめない。

管理化される老人ホームとそこに入居する高齢者たち。ドイツの話だが、これはそのまま日本にあてはまる。
ラスト、パウルの勇姿に拍手を送りながら、心の中に憂鬱が残った。
どうやって、この現代社会で老いても日々すこやかに過ごしていくか、本作は考えさせられる一作である。

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■3月21日(土)
【東京】 ヒューマントラストシネマ有楽町、新宿武蔵野館

【関西】 シネ・リーブル梅田、京都シネマ、
3月28日(土)  シネ・リーブル神戸

全国順次ロードショー

■監督・脚本 キリアン・リートホーフ

■脚本 マーク・ブレーバウム

■出演 ディーター・ハラーフォルデン ターチャ・サイブト ハイケ・マカッシュ フレデリック・ラウ カトリーン・ザース

■105分

■©2013 Neue Schönhauser Filmproduktion, Universum Film, ARRI Film & TV