人気アプリ作家・西麻布よしこが挑む! 平成二十五年訳『源氏物語』紫式部 <三>

「男を虜にする極秘テクニック」などアップルアプリ有料総合一位作品を手掛ける著者が、『源氏物語』(げんじものがたり)の、平成25年度版訳に挑戦した意欲作連載第3回目!
人気アプリ作家・西麻布よしこが挑む!  平成二十五年訳『源氏物語』紫式部 <三>

第三段 若宮の御袴着(三歳)

若宮が三つになられた年のことでございます。御袴着の儀式にて、その儀式は一の宮をたてまつったものにも劣らず、内蔵寮と納殿の物を尽くして、盛大にとり行われました。儀式のことについては世の非難が多かったのですが、若宮が成長なされていくにつれ、若宮はたぐいまれなるすばらしきご容貌とお心をお見せになるため、女御たちはなかなか妬むことができないのでした。

物事の情趣を知っていらっしゃる識者の方々は、「このような人もこの世に出ていらっしゃるものなのだな」と、見苦しいほどに目をおどろかせていらっしゃいました。

 

第四段 母御息所の死去

その年の夏、更衣がはかなき心地のわずらいで実家に帰られようとなさるのを、帝はお許しになりませんでした。ここ数年はずっと病気がちゆえ、帝はそのお姿を見慣れてしまいになり、「このまましばらく養生を試みよ」とおっしゃるだけでした。更衣は日々病状が悪化し、わずか五、六日でひどく弱ってしまいました。そして、更衣の母君が泣ながらに奏上され、実家に帰られることとなりました。このようなときに、あってはならない呪いなどを心づかい、若宮を後宮にお留めになって、更衣はひっそりと出られたのです。

 限度もございましょう、これ以上ひきとめるわけにもいかず、見送りさえできないほどの心配が、帝の言葉にできない思いの果てとなったのです。かぐわしく美しかった更衣は、痩せ細ったあわれな姿になり、心中お別れする悲しみを言葉にすることもなされませんでした。あるのかないのかわからぬ命の弱々しさを御覧になると、過去も未来も思いつかず、帝は様々なことを泣く泣く約束されたのですが、更衣は返事すらままならないご様子でした。目などはとてもだるそうでした。常になよなよとした人が、誰かの呪いによって横たわるのであれば、確かにこうなるだろうと、帝は思われました。帝は、輦車にて更衣を丁重に送るよう文書をつくられても、部屋に入ると、それをまた取り消してしまわれました。

「限りある命の道に遅れてでも先立たせまいと、約束したのだから。ですから、あなたは私を置いて逝くことはできないのです」と帝がおっしゃると、更衣はひどい状態でありながらおじょうずに、「限りある命の道の別れは悲しいけれど、生きている間に欲しいのはとにかく命と思っていただければよかったのに」と、息も絶え絶えにおっしゃいました。聞いてほしいことはあるようですが、とても苦しげにおっしゃったのです。

 帝は、ならばご自分の側で最期をと、お思いになりましたが、今日から祈祷をする者たちが「去るべき人びとを祈祷します。今夜より」と出発を急かせたとお聞きになったので、別れがたくお思いになりながら、更衣を出されました。

帝はつい胸を塞がれ、いっときもまどろむことができず、夜を明かすこともままなりませんでした。使いの者が、行き交う間もなく、しきりに気がかりで不安な気持ちを限りなく漏らしていました。そして、「更衣が夜半過ぎほどに、お亡くなりになりました」と泣き騒いで、がっかりした様子で帰っていったのです。帝は、それをお聞きになってお心が惑い、何ごとにも思し召しがつかず、その後、お籠もりになりました。

若君にかんしては、このような状態でもお側に置かれていたいようでしたが、このような喪中に帝のお側にいることは例のないことです。若宮は、亡き母更衣の実家に出されました。お小さい若宮には何があったのかもわからず、侍女たちが泣きまどい、帝の涙も暇なく流れましたところ、若宮は不思議なお気持ちになっていらっしゃいました。若宮にとってはよろこばしいことですが、別れの災難を悲しむことを知らないということは、泣き技に等しく、ましてあわれこの上なかったのです。

(画像出典:Wikipedia)