人気アプリ作家・西麻布よしこが挑む! 平成二十五年訳『源氏物語』紫式部 <二>

「男を虜にする極秘テクニック」などアップルアプリ有料総合一位作品を手掛ける著者が、『源氏物語』(げんじものがたり)の、平成25年度版訳に挑戦した意欲作連載第2回目!

桐壷 第一章 光源氏 誕生前の物語
第二段 御子誕生(一歳)

 

前世での契りが深くおありだったのでしょうか、お二人の間には、世にまたとない美しい玉のような男のお子さまがお生まれになりました。帝はいつ生まれるのかと急き心待ちにしておられました。いよいよ赤子がお生まれになり、帝があわてて参られご覧になったところ、それはたぐいまれなる美しきご容貌の赤子でした。

第一の皇子、一の宮は、右大臣の娘である女御がお産みになって、後見人も重んじられるお方でした。とうぜん一の宮が皇太子になられるであろうと、世間もかしずく聞こえではありますが、更衣のお子の香りとは比べようもありませんでした。帝は、一の宮には当り障りのないお思いでいらっしゃいました。対して、更衣のお子にかんしては、地位など関係なしに、限りなく思いのままかわいがられていらっしゃいました。 

更衣が母君となったからには初めから上宮への仕えをせずともよかったのです。更衣は、世間でたいへん尊重され、風格もございましたが、帝がむやみにお側におかれ、相当な公のお遊びの折々や、おもむきのある行事のふしぶしには、何かにつけてまず更衣を参上させていらっしゃいました。あるときには遅くまで大殿にこもり過ぎてしまい、更衣をそのままお側に引き止めておかれることなどありました。更衣は、なかなか帝が去らずもてなさざるを得ないことで、いつしか身分の低い女房のように扱われることになってしまいました。

このお子がお生まれになってからは、帝が心から大切にお思いになられたために、一の宮の母である女御は「お子に良くしているということは、皇太子の地位につかせるのでは」と、お疑いになりました。この女御は誰よりも先にご入内なされて、皇女方も生んでおられ、その地位を他とは別格に思わなければなりませんでした。そのため、このお方のおいさめだけは、なおわずらわしく心苦しく聞こえたのです。

更衣がおそれ多い恵みをお頼り申しあげていらっしゃるものの、更衣をおとしめ落ち度を求めたがる人は多く、その身は病弱でか弱くいつ亡くなるのかわからないありさまでした。かえって帝の寵愛を得たばかりに、しなくともよい苦を持たれたのです。更衣が住んでいらっしゃるのは、桐壷という奥の御局でした。そのため、帝は多くのお妃がたの前をとおり過ぎられました。いそいそと前を通り過ぎられるときにもお妃がたはお心を尽くされましたが、その早さはいかにも断るかのように見てとられたのです。あまり更衣の参上がたびかさなりますと、打橋や渡殿のここかしこの路に、悪意の工作をして、送り迎えをする人の衣の裾が耐えられずに傷んでしまうこともありました。またあるときには通るには避けられない馬道の戸を封鎖し、あちらこちらで示し合わせ、更衣をどうにもならないほどにわずらわせたことも多くありました。ことにふれて数知れず苦しいことばかりが増してゆき、更衣が深く思い悩んでおられるのを、さらに帝が気の毒に思ってご覧になりました。そして、後涼殿にもともといらしたお方々の部屋をほかに移されて、その部屋を、更衣の休憩所としてお与えになったのです。

こうして更衣への恨みはなおさら収まることがなくなってゆきました。

(画像出典:Wikipedia)