中村うさぎさんコラム「どうせ一度の人生・・・なのか?」part.57〜猫が死んだ日

旦那様の彼氏が飼っていた猫の死。骨壷を持ち帰り風呂敷を解いた瞬間、残ったもう一匹が見せたという様子に、霊を信じないうさぎさんが感じたことは……。

夫の彼氏は猫を2匹飼っていた。
が、先日、そのうちの1匹が死んだ。

腎不全で、病院に連れて行った時には手遅れだった。
私と夫が拾って育ててもらった猫なので、私たちにとっては里子に出したとはいえ、我が子も同然。
だから、別れは結構つらかった。

とはいえ、私は普段から、人や動物の死に対してかなり冷淡だ。
生き物は必ず死ぬんだから仕方ないよね、と思ってしまう。
だから夫とその彼氏が悲しんでるのに、私だけ泣きもせず平然としてて、なんだか申し訳なくなってしまった。

夫とその彼氏は二人でペット葬儀場に行き、猫の骨壺を持ち帰った。
そして二人で手作りの仏壇を作り、持ち帰った骨壺をそこに安置したそうだ。

すると……!!!!

それまで駆け回っていたもう1匹の猫が、突然、仏壇の前に近づいてきて、じーっと骨壺を凝視し始めたのだという。
仏壇を作っている間、骨壺は風呂敷に包んで床に置いていた。
その時はまったく関心を示さず、近寄っても来なかったのに、風呂敷を解いて骨壺を取り出し仏壇に置いた瞬間、いきなり寄って来たのだ。
そして、何かが見えているかのように、その場に固まって骨壺をガン見し始めたわけだ。

「いったい何が見えてたんだろう」

夫に言われて、私は首を傾げた。
「さぁね。なんか匂いがしたんじゃない?」
「でも、もし匂いに反応したんなら、風呂敷に包んで床に置いてた時から反応するんじゃない? なんか、風呂敷解いた途端にハッとしたように……なんか変だった」
「うーーーん、猫の気持ちなんか私にゃわからん!」

そうは言ったものの、本当は夫に言ってあげたかった。
「きっとあの子の霊が視えたんだよ」と。

霊の存在を信じない私だが、それを信じたい人の気持ちはよくわかる。
夫も夫の彼氏も、いなくなってしまった猫を心から悼んでいる。
その喪失感は、私のような人間にも理解できる。
だから、「あの子はどこにも行ってないよ。今もずっとそばにいるんだよ」と言ってあげられたら、どんなにいいだろう。

だが、信じてもいないくせに、そんなことを安易に言うのも不誠実だ。
だから私は、こう言うのが精一杯だった。

「猫には私たちに視えないものが視えてるかもしれないからねぇ」

これはまぁ、事実であろう。
それが霊なのかどうかはわからないが、たぶん猫や犬には、人間には感知できないものを感知する能力がある。
犬の嗅覚は、相手がどこに行って何をしてきたのかを、一瞬で察知するという。
クンクンと嗅ぐだけで、人間よりはるかに膨大な情報を得ているのだ。
猫だって鳥だってそうだろう。
死にゆく病人の家の屋根にカラスが集まるという話も聞く。
彼らが感知しているのが「死の匂い」なのか、あるいはもっと別の何かなのか、私たちにはわからない。

昨日まで一緒に暮らしてた仲間が急にいなくなっても、猫にはその理由がわからない。
「死んでしまったのだろうか?」などと、人間のように推測することもないだろう。

ただ「いなくなった」……それだけだ。

飼い主が持ち帰った壺に仲間の遺灰が入ってるなんて見当もつくまい。

そんな彼が、仏壇に骨壺を置いた途端、何かに引き寄せられるように近づいてきた。
その壺が何か特別なものだと気づいたかのように。

相変わらず、私は霊魂を信じない。
だから、その猫が何を見たのか、一生知ることは叶わないだろう。
無神論者の限界は、ここにある。

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