中村うさぎさんコラム「どうせ一度の人生・・・なのか?」part.53〜なぜ私が霊の存在を信じられないのか

世の中なかなか勧善懲悪の結果にはなりにくいもの。うさぎさんも悲惨な事件を思い起こすと、その被害者の霊に思う存分復讐をさせてあげたくなります。もし霊が存在するのなら、通りがかりの人間を驚かすとかではなく加害者に直接向かえば良いのに……と思うのです。

「東海道四谷怪談」は、夫に殺された妻お岩の霊が夫に祟るという話である。
夫はあくまで悪者として描かれているので、お岩の霊に追い詰められて気が狂うくだりは観ていてスカッとする。

そして、本当に霊が存在して自分を無惨に殺した犯人を徹底的に追い詰めてくれれば、現実もどんなに爽快であろうかと、心の底から思うのである。

 

たとえば1988年に「女子高生コンクリート詰め殺人事件」というのがあった。

何の罪もない女子高生を数人の不良が拉致監禁し、さんざんレイプして痛めつけて拷問した挙句に殺してしまい、その遺体をコンクリートに詰めて埋めたという凶悪事件だ。
犯人たちは主犯格を除いて未成年ということで厳罰には処されず、鑑別所かどこかで何年か過ごした後、大手を振って社会復帰した。
真偽のほどは定かではないが、少年のひとりは出所後、「あの事件の犯人は俺だぜ」と自慢していたという。

この事件はあまりに凄惨で、しかも犯人が相応の罰を受けていないという理不尽さで、私の心に深く刻まれている。
こういう時に、私は心から「幽霊がいればいいのに」と思うのだ。

未成年ゆえに法で裁けないのであれば、もう被害者の霊がひとりずつ追い詰めて気が狂うほど恐ろしい目に遭わせ、ついには全員が自殺あるいは惨殺されるようなホラー映画的なオチをつけるしかない。

彼女には彼らを罰する権利があると思うからだ。

ところが女子高生の霊が彼らを追い詰めたなどと言う話は聞かない。
何故だ? それは霊など存在しないからではないのか!

幽霊を見たという話はよく聞くが、ほとんどの場合、その幽霊は何の関係もない人を脅かしているだけである。
その一方、「これは化けてでも復讐すべきだろう」という案件に限って、霊は姿を現さない。

おかしくないか、これ?

犯人がわからないまま迷宮入りした事件だって、本人の幽霊が出てきて真実を語ってくれれば解決するではないか。

 

霊が存在するなら、どうしてこういう時に出て来ないのだ?

以上をもって、私は霊の存在を信じられない。
私が霊だとしたら、通りがかりの人間を脅かすよりも、生前に自分に危害を加えた人間のところに出るからだ。

それとも霊は、復讐を禁じられているのだろうか?
誰に? 神様に?

だとしたら、その神は、どうして復讐を禁じるのだ?
「生きている人に手出しをしてはならない」という理由なら、どこぞのトンネルとかで無差別に人を怖がらせる行為も禁じるべきではないか?

「勧善懲悪」は、しょせん、人間の願望に過ぎない。
この世の摂理などではないのである。
でないと、この世界にはびこる不条理は説明できない。

「リング」や「呪怨」などのホラー映画を観てると、貞子や伽耶子が怨みを変えて死んだのはわかるが、どうして関係ない人にその怨みをぶつけるのかが全然理解できない。

いや、全然関係ない人に襲いかかるからこそ怖いのであるが、それにしても納得できん。
もしかしたら幽霊は理性を失っているのだろうか。

恨むべき相手もわからなくなって、ただただ行き当たりばったりに人を襲うだけのモンスターに成り果てているのか。
だとしたら、それこそ霊能者がその幽霊と交信して話を聞き、彼ら彼女らの過去を解きほぐしてやって、しかるべき相手のところに送り込めばいいのに。

そういうことのできる霊能者がいたら、私はぜひとも「コンクリート詰め殺人」の女子高生を呼び出してもらい、何なら犯人たちをひとりずつ追い込む手伝いするよ!

てか、これ、「霊能セラピスト」みたいな設定でラノベが書けそうだね(笑)。

 

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