中村うさぎさんコラム「どうせ一度の人生・・・なのか?」part.51〜「スプーン曲げ」って、そんなにすごいことなのか?

サイキック能力で有名なものといえばスプーン曲げ。一時は猫も杓子もやってみたりしたものですが、それにしても、どうして人はそんな特別な能力に憧れてしまうのでしょうか。

マイケル・ジャクソンのドキュメンタリーなどを観てると、友人としてユリ・ゲラーがよく出てきてインタビューに答えたりしている。

ユリ・ゲラー……私が子どもの頃に一世を風靡した超能力者だ。今は「サイキック」って呼ぶのかな? テレビでスプーン曲げをしてたのを憶えてる。

しかし「スプーン曲げ」って、そんなにすごいことなのか?

確かに私には念力でスプーン曲げるような能力はないけど、べつに全然うらやましくない。スプーン曲げられたからって何なのよ? 目の前で富士山でも動かしてくれたら驚くけど、スプーン曲げる程度の念力が何の役に立つの?

もし神様が私に超能力を授けると言ってくれても、私はスプーン曲げの力なんか望まないな。あと、カードの裏の絵柄を当てる透視能力とかも、べつに……(笑)。

そりゃまあ普通の人間にはできないワザだとは思うけど、そんなら普通の人間にもできること(たとえば楽器を弾くとか絵を描くとか)の能力が人並み外れて突出してる人の方がうらやましい。
「誰にでもできることが飛び抜けてうまい才能」と「誰にもできないけど大したことない能力」とでは、前者の方が圧倒的に魅力的だ。だから、なんでスプーン曲げやカードの透視くらいで皆が大騒ぎするのか、私には全然わからない。

カードが読めるからって、人の心が読めるわけじゃないでしょ?
壁やドアの向こうが透視できたとしても、せいぜい泥棒発見に役立つ程度じゃないの?

SF映画なんかでは、超能力者が敵のナイフを念力でぐにゃりと(それこそスプーンみたいに)曲げたりするシーンがあるけど、人生で誰かからナイフを突きつけられる機会なんてそうそうないし、やっぱり「あってもなくてもどうでもいい能力」だとしか思えない。

私が「あるといいな」と本気で思える能力は、「人の嘘が見抜ける能力」だ。
そんな超能力者がいたら嘘発見機も必要ないし、この世から冤罪が一掃されてめでたしめでたしだ。

その代わり、ポーカーや麻雀は俄然つまらなくなるけどね(笑)。

ユリ・ゲラーが嘘つきだとは思ってない。きっと本当に念力でスプーン曲げられるんだろうし、カードの絵柄も透視できるのかもしれない。
けど、世間にもてはやされてから何十年も経ってるのに、いまだに彼がその超能力を発達させてテロを未然に防いだとかいう話も聞かないし、きっとまだスプーン曲げから一歩も出ていないんだろう。
まあ、忘年会の余興くらいにはなるだろうけどね、全体的に意味のない超能力だとしか思えない。

人は何故、超能力に憧れるんだろう? 「特別な人間」になりたいからか?

でも「特別な人間」になったって幸せとは限らないよね。
そこはほら、一部の天才たちが必ずしも幸福な人生を送っていないのと一緒だよ。
「特別であること」なんて、ちっともありがたいことじゃないのだ。

なのに、人は「特別な人間」になりたがる。
それは単に他者に優越したいというナルシシズムの願望に過ぎない。
要は自己満足したいだけ。

スプーン曲げたくらいで自己評価が上がって優越感を持てるなら、それは確かに平和な超能力だけどね。

 

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