中村うさぎさんコラム「どうせ一度の人生・・・なのか?」 part.28 〜「神聖幾何学アート」作家ありのまみさんとの対談①・・・スピリットガイドからのメッセージとは〜

あまり耳なじみのない(?)「神聖幾何学アート」作家である、ありのまみさんと対談した中村うさぎさん。名前と生年月日をもとに、ありのさんの心に浮かんだままに描かれる絵はとても美しい作品でした。そして、うさぎさん自身のスピリットガイドからのメッセージもいただいたのですが……。
中村うさぎさんコラム「どうせ一度の人生・・・なのか?」 part.28 〜「神聖幾何学アート」作家ありのまみさんとの対談①・・・スピリットガイドからのメッセージとは〜

今回は「神聖幾何学アート」を描いてらっしゃる、ありのまみさんとお話をしてきました。

「神聖幾何学アートって何やねん?」と初めて聞く用語にチンプンカンプンな私でしたが、ありのさんが私のために描いてきてくださったのは、こんな作品でした。

あら、綺麗。
色も私の好きなピンクとミントグリーンだ。
これは、私の名前と生年月日を聞いて、ありのさんの心に浮かんだままに描かれたそうなんですが……。
「えーと、それって、頭の中に絵が浮かぶわけですか?」
「頭に浮かぶっていうより、心を無にするとコンパスが勝手に動いて図柄を描いていくんです」

ふむ、オートライティング(自動書記)ってやつか。
いや、絵だから「オートドローイング」なのかな。

「ってことは、これは私の名前と生年月日から自動的に出てきた図柄ってことですかね?」
「お名前と生年月日を聞けば、その人のガイドさんと繋がれるので……」
「(驚)ガイドさんって誰ですか?」
「スピリットガイド。魂を導いてくれる存在です」
「そんな人がいるんですか」
「いるんですよ。いつも『こうした方がいいよ』とかメッセージを送ってくれてるんですが、たいていの人にはその声が聞こえないんです」
「聞こえないですよね。私も聞いたことないし。でも、ありのさんには聞こえるんですね」
「はい。中村さんのガイドさんからのメッセージも預かってますよ」

そう言って手渡された手紙には、このように書かれていた(原文ママ)。

「一人一人の中に種がある。
それは尊い信頼の種。
誰しも疑いの心を持ち合わせているが、
心からの信頼を確信している能力がある。
人と人とのつながりも
その中から生れる。
自由の名の元に全てが始まり全てが終わる。
人とのコミュニケーションも同じこと。
全てが自由。
全て自分で創り出している世界。
私は思う。
全ての人とつながりたいと。
しかし、それは無理だと悟っている。
でもそれを欲する自分がいる。
人の心の奥深くを見つめるのは勇気のいること。
それは自分の中を見ることになる。
でもそれが大切であることは重々承知の上だ。
大丈夫、大丈夫。
何が?
わからない。
でも大丈夫だと確信を持っているものもある。
何故かわからないけれど、
それを知る必要があるだろうか?
それは別に知る必要はないのかもしれない。

人として生きることは難しい。
でも生れて来た以上は、それをいかに楽しんでいくかが問われている気がしている。

人に何も考えずに交わりたい。
でもそれはできない。
考えることを選んできた。
考えて考えて考え抜くことを選んで生れて来たのだ。
それに逆うことはできない。
それならば楽しもう。

私の人生は私のものだから。
私の人生は自分で決めて来たものだから。

私が主役のドラマの展開を
ワクワクしながら楽しむことにする。」

以上が、私のガイドからのメッセージだそうだ。

この人、誰なんだろ?
文中の「私」というのはガイドの事なのか、私自身の事なのか、主語の在処がまずわからん。
もし私自身の事なのだとしたら、私はべつに「人と何も考えずに交わりたい」なんて思わないし、考えることに逆らう気も毛頭ない。
私にとって考えることは娯楽なのである。
ということは、「何も考えずに」と望むこのガイドは、どうも私ではないようである。
ならば、私の人生を俯瞰して観ている他者か?
だとしたら「私が主役のドラマをワクワクしながら楽しむことにする」って言われても「そうすれば?」としか言えない。
他人が人生をワクワクしながら楽しもうと、苦しみのたうちながら過ごそうと、私には関係ないからだ。
自分で勝手に決めりゃいいじゃん、自分の人生だろ!と、思ってしまう。

このメッセージを読んで「ガイドとは何者なのか」がよく理解できなかった私は、ありのさんに尋ねた。
「ありのさんはご自分のガイドさんと交信したりするんですか?」
「はい、話したりしますよ」
「会話するんですか。その場合、ガイドさんの声は外から聞こえるの?」
「自分の中から聞こえる感じですね」
「心の中の自分と会話してる感じ? それって、普通の人が『自問自答』と呼ぶものとは違うんですか?」
「似てますけど、自分ではないんです」
「自分の中にいる他人、みたいな?」
「そうですねぇ」

私は、自分の中に「他人のような自分」がいることは自覚している。

誰しも、自分のアイデンティティに組み込めない「別人の私」を複数、心に抱えていると思うからだ。
しかし、それはまったくの他人ではなく、自分の一部に違いないので、ありのさんの言う「ガイド」とは違うのだろう。

うーむ、なんか私にはよく理解できない世界なのだが、対談はまだまだ続き、そして次から次へと私を驚かせるのだった。
以下、次号!

 

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