「綿毛に包まれて生きていく」〜Vol.15 自分を大切にする方法

まずあなたが自分の中の嫌な部分をジャッジしないことから始めましょう。 それらは要素でしかなく、しかもあなたはそれらをある一面でしか見ていないからです。
「綿毛に包まれて生きていく」〜Vol.15 自分を大切にする方法

-自分をそのまま見つめましょう-

人に迷惑をかけない。人を尊重する。人に親切にする。人を思いやる……。
そう思い浮かべたとき、皆さんは幾つかのプランが湧き上がってくると思います。
しかし、自分を大切にするというのはどういうことなのでしょうか?

自分のやりたいことをする。
沢山眠る。
好きなところに行く。
好きなものを食べる。高価なものを買う。
こんな風に考えるでしょうか?

これを実行出来るだけの財力があり、時間もあれば容易いことですね。
でもそれをしても、果たして満足感が得られるでしょうか?
一瞬は嬉しくても、忘れてしまう様な小さな幸せではありませんか?
もっと永続的に深いところから自身を大切にすることはどうしたらいいのでしょうか?

私たちが自分で自分に言っていることを思い出してみましょう。
私なんかがやれるはずはない。私なんて消えてしまえばいい。どうせ。嫌い。……。

また、本当は癒したくても金銭的、時間的、体力的に余裕がない人はどうでしょう?
身体がしんどいから休みたいけど、休んだら給与が減るから休まないとか、
やらなければならない事も多いので休むことに罪悪感があって、休みなのにゆっくり出来なかったり。
身体が弱いからって楽な仕事に切り替えたくても、仕事を失う恐怖から無理な仕事を続けたりしていませんか?

また、人の気持ちを損ないたくないからと、常に自分の意見や気持ちは押し込めてしまったりすることもあると思います。

これらは自己虐待と言ってもよいでしょう。または自己不信ともいいますね。
では実際にどうしたらいいのでしょうか?

私もご多分に漏れず、苦悩する日々の中で、沢山の人の記事を読んでみたり、スピリチュアルを生業にしている人から話を聞いてみたり。本を沢山読んでみました。文字として、言葉としてはわかるのですが、本質が掴めずにいました。

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「好きなことをやればいい。嫌なことはSOSになっているから、無理することはないんだよ。」などという言葉も、それが本当ならどんなに幸せでしょうと思って、やってみたりしました。
でも奇跡なんて起きません。
そして相談すると「想いが足りないんだよ。」とか、「信じてないんだよ。」とか言われました。でも、私は“信じたい”し、“必死”でした。

ですから、その言葉を聞かされた時に酷く落ち込みました。
私の何がいけないんだろう?
私はそんなに未熟なのだろうか?
もしくは私には出来ないのか?
私はなんて愚かで駄目な人間なんだろうとさえ思ったのです。

どうでしょう?
皆さんもそう思われたことがあるのではないでしょうか?
アファメーション? そんなの無理。私には力が無いんだわ!なんて思いませんでしたか?
そして、私はすべての知識をいったんOFFにしました。知識や思考をです。そして私は直観と実体験のみを手元に置きました。
そして、自分の感情に向き合い、全てそれでいいんだと自分に語りかけました。