神々の履歴書 第8回 続々 京都の神様と旧約聖書 「諏訪大社と松尾大社—託宣する少年」

こんにちは。サイキックリーダー&クリスタルセラピストのマユリです。
神々の履歴書 第8回 続々 京都の神様と旧約聖書 「諏訪大社と松尾大社—託宣する少年」

続・京都の神様と旧約聖書の上巻では、祇園祭が、かつて幼い男の子を生贄にしていた名残であり、同じような生贄の儀式として、セッションに現われた諏訪湖のビジョンについてお話しました。

そのビジョンの中で、棒に括られた生贄の少年は、とどめに杭をうたれていました。
止めには、通常刃物を使います。
あえて、杭を使う理由は何でしょうか?

なぜ、杭なのか? もう一度、すべてのビジョン振り返ってみましょう。

 

松尾大社と磐座

もともと、この話の発端は、婚活がうまくいかない女性が理由を尋ねたところ、「ご先祖様が、商売繁盛の見返りに、牛頭天王に娘をあげますと誓ったので、その家の娘は代々結婚に障害が出る。」神々の履歴書第3回をごらん下さい。)とのビジョンが現れたことでした。
神に捧げるということは、神の花嫁になるということなので、人間の男性と結婚することはできません。
結婚しようとすると、神罰が下り、障害がでるのです。

その時、誓いをたてたご先祖様に、「一体全体「娘をあげます」なんて、なんでそんな誓いをしたのですか?」と聞くと、このビジョンがあらわれました。

若旦那風の男性と、手代(従業員)の男が、赤ちゃんを抱いて、八坂神社の鳥居を背にして立っています。
お宮参りのようです。
「この娘は、赤ちゃんの時からその神様との縁は始まっていた」との啓示でした。
お宮参りも考えものです……。

もうひとつ、気になったことがあります。

一同鳥居を背にして立っています。
目前には、四条大通りがまっすぐに続いています。
前方に、嵐山や高雄の山が見えます。丁度山の上に太陽が見えます。

ビジョンには必ず一つ一つ意味があります。
潜在意識が、ビジョンという映像を通して、心の奥底で知っている真実を語っているのです。
では、なぜ鳥居を背にしているのでしょうか? このビジョンは、何を示唆しているのでしょうか。

四条大通りの果てにあるものは、松尾大社です。
そして、太陽の下には、山があり、山の上には、松尾大社の磐座がありました。

 

大いなる山の杭の神

松尾大社は、八坂神社同様、ユダヤ系の秦氏が建立した古社です。
平安京の両端に対となって、東端に八坂神社(祇園社)西端に松尾大社があります。

古代文明では、しばしば、川の東岸はこの世(現世・此岸)、西岸はあの世(冥界・彼岸)を表しています。
ナイルの東には、王都テーベがあり、西には王家の墓があります。
エイボン川の東側には、この世の象徴ウッドヘイジ、西側には冥界への出入り口、ストーンヘイジがあります。

同じ秦氏が、平安京の東野の端と西の端に作った神社も、その図式が当てはまるかもしれません。
さしずめ四条大通りは、この世とあの世を結ぶ黄泉平坂(よもつひらさか)でしょうか。
対になっているのですから、八坂神社のご神体がダビデならば、松尾大社のご神体も、旧約聖書関係の方である可能性が高いでしょう。

松尾大社の主祭神は、大山咋神(おおやまぐいのかみ)と、中津島姫命(なかつしまひめのみこと)の二柱です。
大山咋の「くい(くひ)」は杭のことで、大山に杭を打つ神、すなわち大きな山の所有者の神を意味すると、ネットには書かれていました。
が、本当にそうでしょうか?

それは、諏訪の生贄の儀式で見た通り、文字通り、「大いなる、山の、杭の、神」なのではないでしょうか。
そのビジョンでは、諏訪湖の畔の、山の上で、生贄の少年に杭でとどめをさしていたのです。

松尾大社も、松尾山がご神体さんであり、その上には磐座(いわくら)があります。
この磐座こそ、大山咋神の「御神蹟(ごしんせき)」で、松尾大社発祥の地なのです。

生贄・磐座・そして旧約聖書といえば、旧約聖書の有名なイサクの犠牲が、思いたちます。
牛頭天皇がダビデ王だったように、大山咋神は、アブラハムの息子イサクではないでしょうか。

 

松尾大社とイサクの犠牲

イサクとは、旧約聖書にでてくるユダヤ民族の始祖の一人で、神の命により、実父アブラハムによって、エルサレムのモリヤ山の大岩の上で神に捧げられました。
旧約聖書では、殺される直前に天使が現れて制止したと記されています。

旧約聖書では制止したと書かれていますが、私がみた日本の生贄のビジョンでは、神も仏も天使も天人も現れず、少年たちは皆殺されてしまいます。
日本では殺されたけれども、イスラエルでは殺されなかったのでしょうか?

旧約聖書は宗教書です。
その目的は、教義をうちだすことで、歴史を客観的に伝えることではありません。
おそらく、旧約聖書が編纂された紀元前4,5世紀以前の、本来のユダヤの伝承では、イサクは生贄として殺されたのです。
日本にはそのオリジナルバージョンが伝わっているのではないでしょうか。

つまり、紀元前4世紀以前の、「生贄が忌むべき習慣である」との価値観が確立する前のバージョンを、秦氏は持参したのです。
おかげで、かわいそうな日本の少年たちは、神にも天使にも救われることなく、みすみす殺されてしまったのです。