一宮千桃のスピリチュアル☆シネマレビューPART.103「山河ノスタルジア」

ある程度歳を重ねてきた大人は必ずや心動かされる佳作だろう。そして、今の自分の人生をふと考える。そして、若い頃を思い出す。そしてまた今の自分のことをちょっと考える。 ちょっとそこで涙ぐんだりして。そしてまた日常に戻っていく。

時の流れに身をまかせ、むせび泣く
映画で描かれるのは私の人生か?

なんだろう?
ラストシーンで「あっ」と思ったら泣き出していて、次から次から涙が流れて止まらなくなって、何十年ぶりかで帰りの地下街を泣きながら帰った。
泣きながら歩いている人なんて、今この大阪で何人いるだろう? なんて思いながら。でも、私は泣いていたけれど気持ちは歓喜していた。こんなに心揺さぶられる映画に久々に出会えた。嬉しい。まだ、映画を観続けられる。まだこんなに心は動く! と。

私の心になんでこんなにこの映画は響いたのか?
映画を分析しなくてはならない。そして私自身も。
言葉を上手く探せるといいけど。

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「Go West」で踊った幸福な日々
ヒロインを支える至福の思い出と歌

まず、開巻シーン。ペットショップボーイズ版の「Go West」に合わせて何人もの若者が公民館みたいな場所で並んで踊っている。懐かしい曲。ダサい振り付け。時代は1999年。古臭い感じだ。中国の田舎の雰囲気がすごく出ていてこれも懐かしい。みんな楽しそう。ヒロインのタオも笑顔でセンターで踊っている。
私も踊りたくなってしまう。なんか、ずっと観ていたい映像だ。それくらい、幸福感に満ちている。

映画は三つの年代を描く。
25歳のタオは幼馴染のふたりから想われている。一人は実業家のジンシェン。そして炭鉱労働者のリャンズー。タオは三人でいるのが楽しくて恋より友情を大事にしていた。しかし、ジンシェンはタオに求婚する。タオの結婚により、三人の友情は壊れ、リャンズーは村を去る。タオは結婚し、男の子を産む。

15年後の2014年。
ジンシェンと離婚したタオは、ジンシェンと暮らす一人息子ダオラーと久々に会う。しかし、離れて暮らす息子の心はタオの元にはない。

そして2025年。
19歳になったダオラーはオーストラリアで暮らす。
タオは51歳になった……。

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幸福で輝いていた20代のタオ。そして離婚して息子を失い孤独の中で暮らすタオ。彼女の26年に渡る半生を丁寧に描く。
これはそのまま中国の姿の様だ。いや、普遍的な人間の姿だろう。

生きていくということは恥辱、悲しみ、苦しみにまみれることである。
タオという女性の人生を見ながら、私は自分の半生を見ていたのかもしれない。
結婚もせず、子どもも持たなかったけど、結婚していたらタオのようになったかもしれない。もちろん、ならなかったかもしれない。でも、結婚してもしなくても、子どもがいてもいなくても、一緒だろう。私は私なりにもがき苦しみ悩み笑い生きてきたのだから。
そして、これからも生きていく。

タオの中で変わらないもの。それは、あの「Go West」で楽しく踊った日々。その幸福観は一生消えない。きっと、人は楽しかった思い出がひとつでもあれば、生きていけるのだと思う。

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今の自分の人生を振り返る
そしてちょっと涙ぐみ、また歩み出す

叙事詩というのは、とても好きだ。ある人間の人生の流れを見せてくれるとその波乱万丈にしばし呆然とさせられる。大きな事件があるわけでもないけど、些細なことでもその人には波乱である。本作は、そんな一井の人々の細やかな感情を巧みに描き、深い共感を得る。

私が印象に残ったのは、タオの父親が死ぬシーンと、タオが父の死に泣き出すシーンだ。実際、人が死ぬ時や泣き出す時ってこんな感じだろう。
リアルな描写が上手すぎて、さすがジャ・ジャンクー監督だ。
あと、リャンズーと仲良くするタオに対してジンシェンが「お前を想ってるのに、俺のこと傷つけて……」というセリフにはハッとさせられた。こういうナイーブなナルシシズムに溢れたセリフもあるのね、こういう言い方する男もいるのね、と新鮮だった。それがジンシェンという男なんだろうけど、勉強になりました。

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さて、若い人はどうだろう? しかし、ある程度歳を重ねてきた大人は必ずや心動かされる佳作だろう。そして、今の自分の人生をふと考える。そして、若い頃を思い出す。そしてまた今の自分のことをちょっと考える。
ちょっとそこで涙ぐんだりして。そしてまた日常に戻っていく。

大丈夫、ってつぶやいて。

© Bandai Visual, Bitters End, Office Kitano

■監督・脚本 ジャ・ジャンクー
■出演 チャオ・タオ チャン・イー リャン・ジンドン ドン・ズージェン シルヴィア・チャン
■125分

※5月7日(土)~関西 シネ・リーブル梅田、他にてロードショー

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