筆名と本名のあいだ③
~姓名判断から近代の文豪を解剖する
森 鷗外(1862~1922)篇

権力の高み、芸術の高みを常に目指した鷗外は、同時に“人間性”の高みをも追求した人物でもありました。だからこそ、彼は自らの臨終にあたって一切の栄誉と称号を排し、ただ一個の日本人、“森林太郎”として墓に眠ることを選んだのです。
筆名と本名のあいだ③<br>~姓名判断から近代の文豪を解剖する  <br>森 鷗外(1862~1922)篇

軍人としても文士としても頂点を極めた異色の人物、その光と影

前二回は昭和の文豪である三島由紀夫、太宰治を取り上げました。
今回は明治・大正から、夏目漱石と並ぶ巨人・森鷗外を取り上げたいと思います。

今回はじめて読んで頂く方のために、改めて姓名判断の基本事項を記します。
『人格』とは、姓の最後と名の最初の字数の合計。主に30代~50代の運気を支配します。
『外格』は姓の最初と名の最後の画数の合計。
人間関係の幸運・不運を表します(名前3文字の時は名の最下部の二つの字数をカウント)。
『地格』は、名前の画数を合わせた合計。
基礎体力や金運、恋愛と幼少期~青年期の基本運勢を表します。
『総画』は、姓名の全ての画数を合わせたもの。
人生全般のおおまかな運勢と最晩年を支配します。

軍人としては陸軍軍医総監(中将相当)にまで上り詰め、また文士としても名声を極めた彼の生き様は、芸術の高みを常に志向しながらも、地に足を着け現実社会と対峙することを厭わなかった、まさに“古き良き日本人”の真骨頂でもあります。
頂点を極めた彼でしたが、「余ハ石見人森林太郎トシテ死セント欲ス」と遺言し、その墓には勲章も称号も刻まれることはありませんでした。
一体、何が彼をそうさせたのでしょうか。筆名“森鷗外”と本名“森林太郎”の対比から、縦横無尽に生命の有機的拡散を模索し続けた、その60年の生涯を辿ってみましょう。

 

姓名を構成する画数が全て陰(偶数)……多くの著名人を苦しめた、人生に波乱が多い大凶相型

筆名『森鷗外』は人格35、外格17、地格28、総画40。基本的な性格を表す人格の35は“物腰が優雅なインテリで、特に学術、芸術で成功を収める”暗示のある吉数。そして家庭運、金運を支配する地格は“心のどこかで他人を信用しない、頭のキレは良いが孤立、破滅”の大凶数。人間関係を支配する外格の17は好き嫌いが激しく、多くの敵と味方をつくる吉凶混合数で、晩年を支配する総画の40は圧倒的な才能を持つも傲岸不遜で自己主張が強いため、普通の仕事には向かない……と、まさに芸術を天命として生きるための名前。
ドイツ三部作発表時に起きた石橋忍月との論争、『しがらみ草子』に於いての坪内逍遥との論争など、生涯を通じて多くの論敵をつくったのはこの強烈な名前の凶意と言えるかもしれません。