ココロセラピストが叫ぶ!
『心の病気』についてもっと深く考えよう!

眠れないから薬。イライラするから薬。メソメソするから薬。これで『心の病気』が治るのでしょうか。
ココロセラピストが叫ぶ!<br>『心の病気』についてもっと深く考えよう!

過激な話をします。

今回は過激な話をします。
こんな話をすると刺激が強すぎて、僕のセラピスト生命が断たれてしまうかもしれません。
でも、以前からずっと思っていたのです。この話はいつか必ずしなければならないと。
この話はリスクが本当に大きいです。
文章化しているこの瞬間さえも自分自身が不快な気持ちになって怒りが爆発しそうです。
一方で、この話をすることでみんなに軽蔑されてしまうかもしれないという不安や恐怖もあります。
では、何故そんなリスクを冒してでも過激な話をしなければならないのか。
それはあなたに僕の真意をわかって欲しいからです僕の真意をわかってもらった方が、本当の意味であなたと信頼関係が作れると思ったからです。
でも、本音を語れば必ずしも信頼しあえて共感し合えるというわけではありません。
場合によっては距離が出来てしまうかもしれません。
それは悲しいです。泣きたくなります。
それでも、仮にここで人間関係が終わってしまっても、その方たちは僕とは違った価値観のセラピストと接した方が良いと線引きの基準が明確になるかもしれませんし、その分、無駄な時間も省けます。
結果としてお互いにとって有意義な方向にシフトチェンジして前進出来れば、それにこしたことはありません。僕が望んでいるのは、自分を含めたみんなの幸せです。幸せのカタチはみんな違って良いのです。

 

心の病って結局は何なのか?

『心の病』という言葉。
僕も使ってはいますが、自分で使っていて使い方が非常に難しい言葉だと感じています。というのも、定義が曖昧だからです。

そんなあやふやな存在に僕たちは踊らされているのかと思うと、いたたまれない気持ちになることもあります。イメージにふりまわされて傷つき凹み自己肯定感が歪み、場合によっては差別の対象になる。
こんな愚かなことがあって良いのかと思います。

 

医療従者のいう『心の病』とは?

医療従事者たちは、何らかの病名が指すモノ心の病と読んでいると思います。古い言葉でいえば神経症とかそういったモノから、ウツ病とか、今風にいえば適応障害とか、そういう類のものですね。精神的な問題が原因なこともあれば、脳のなんらかの障害が精神状態を悪化させてしまうものなど、それぞれに細かい分類がされていて名前も付いていると思います。

確かに、脳に問題があって、物理的に障害があって精神的なモノではないものもあります。そういう場合は薬物療法も必要なのかもしれません。事故で頭を強打してしまったとか、先天的に障害を持っていたとか、そういうものは確かに精神的な問題だけでは解決できないかもしれません。

しかし、これは僕の感じ方かもしれませんが、医学的な『心の病』暴走している気がするのです。適当に病名をつけて薬を処方する。こんな治療法が世間では一般的になっている気がしてならないのです。しかも、よく問題に挙がりますが受診時間の短さも問題です。5分間診療」とか「1分間診療」とかで脳の病気が見抜けたり、経過観察が本当にできたりするのか疑問なのです。脳の病気でなくても継続的に飲まなければ好転反応で禁断症状が出て悪化してしまうかもしれない薬を飲まされなければならないのでしょうか。

眠れないから薬イライラするから薬メソメソするから薬。これで『心の病気』が治るのでしょうか。それは一時的に症状を抑えるだけで、『病気』が改善するとは言い難い気がします。

「そうは言うけど、飲まなきゃやってられないのよ!」と声を荒げて怒鳴りつけてきそうな人もいるかもしれませんが、よく考えてくださいそれって、何処かで耳にしたことありませんか。
そうです。『アル中(アルコール依存症)』です。ドラッグ中毒者も似たようなことを言いますよね。

「そうは言うけど、それは有害なモノとわかっていて勝手に依存症になっているわけで…」と反論するのは少々違うと思います。精神科の薬もちゃんと処方箋を見れば書いてあると思いますが、副作用というものがあります。無害では無いのです。それが副作用だと気づいていないかもしれませんが、薬を飲み始めてから、違う症状が出てきたことはありませんか。たとえば、一日中眠くて仕事が手につかないとか。ずっとフラフラして仕事にならないことは問題にはならないのでしょうか。
それに、それこそ「脳を誤作動させている」と言えなくはないでしょうか。

 

医療従事者ではない人のいう『心の病』とは?

これがまた厄介です。『自称うつ病』が本当に多いです。よくよく話を聴いてみると、精神科にも診療内科にも一度も受診した事がない人もかなりの確率でいます。
「では、あなたはどうして自分がうつ病だと診断できるのですか?」と聴くと「なんとなく…」「気分が優れないから…」という回答が多いです。これは本当に危険な思い込みです。

お医者さんがつけてくれる心の病名もかなり診断基準が曖昧ですが、自分で診断名をつけるのはもっとタチが悪いです。というか医師以外は病名を勝手につけてはいけません
『自称うつ病』も困りますが、知り合いに「君、ウツ(病)だね…」というような言い回しをするのも極力控えてください

テレビや雑誌で得た知識で賢くなったつもりになっても、だからと言って病名をつけて良い権利を得たわけでは決してありません。それにメディアによっては不安をあおったり誇張したりしている場合もゼロではありませんので、鵜呑みにする前に、自分なりに考えてみたり調べてみる習慣をつけることも大切です。僕のこれらの意見についても同様です。真に受ける必要はまったくありません。やっぱり最後は自分自身でどの情報を信じるか、どの情報にのっとって行動するかを決断するかが大事です。その方がスッキリします。

余談ですがカウンセラーやセラピストも医師ではないので「私って病気なんですか?」という質問をしても「わかりません」としか言いようがありませんのでご注意ください。

もし、自分で勝手に病名がつけられるのなら単に食べ過ぎてお腹が痛いだけなのに「僕、十二指腸潰瘍なので仕事を休みます」と会社に連絡を入れているのと同じくらい無茶苦茶です。ついでに信用も一瞬で失います。「なんとなく」で病名はつきません。これは絶対に覚えていた方が良いです。もしそうかもしれないという予感や疑念を感じたら、信頼できる医療機関に受診した方が良いです。これは大事なことですが「かもしれない」という不安に支配されて確認もせず対策も考えず悶々としていては、人生は絶対に好転しません。それらの不安の殆どは妄想であり幻想なのです。

 

『心の病』とは人生のターニングポイント。

僕は医療従事者ではありません。ココロセラピストです。では僕の考える『心の病』についてお話したいと思います。どこまで信用してくれるかの判断はあなたに委ねます。ただ少しでも共感してくれたら嬉しいです。

『心の病』というのは、『病』という文字を使っていますが、僕はこのように考えています。それは「立ち止まって自分自身を見つめ直すターニングポイント」です。短くいえば、「心の病=心のターニングポイント」と思ってくれても良いです。

たとえば『うつ病』に関して。そもそもうつ病の殆どは環境だと思います。学校や会社でイジメられて心が不具合を起こした。それからというものずっと調子が悪い。だとしたら、いくら病名を貰っても薬を貰っても本質的には何も解決しないのです。

薬を飲んで会社や学校に行けたとします。「よかったね。学校(or会社)にちゃんと行けたんだね」と褒められても、それで満足できるわけではないのです。そもそもイジメ問題を解決しない限り、またイジメられるのは簡単に予想できます。薬の力でなんとか精神力を一時的にキープできても、イジメられに学校や会社に行っている限りは、すぐに心も心身も傷ついて弱ってしまうのです。そんな状況が繰り返されていたら、生きる希望さえ失ってしまうかもしれません。
理解ある友達や仲間に自分の現状をきちんと伝えて、独りで抱え込まず(←ここが一番大事なポイントです)、対処して行くしかないのです。戦うか逃げるかというのは手段にすぎません。それによって自分が不必要に傷つかなくて良い環境を作ることが大事なのです。自分自身の現状を客観的に見て、どの道を経由して望む未来に進むかを再検討する。まさに、そのターニングポイントなのです。

『PTSD』などで、事あるごとに過去のトラウマが浮かび上がってきて具合が悪くなって生きづらかったとします。それは嫌な過去に引きずられているから辛いのです。決して安易に開き直りなさいと言っているわけでも、「ピンチはチャンス!」という言葉で軽く済ませようとも思っているわけでもありません。

ただ、独りで悶々と「私は不幸なんだ」と膝を抱えて震えていても未来には進めないのです。それは、過去のショッキングな出来事、自分は不幸なのだという独断と偏見に基づいた思い込みにのみフォーカスしている自分を客観的に見つめる時期なのです。

「私は今、怯えている。過去のことを思い出したら辛くなった」という事と「これから先も私はずっと不幸なのよ!」という事には何の因果関係もないのです。「今ここ」の自分自身の現状や心境をきちんと把握して受け止めてあげることが未来に進むための最短距離なのです。

「今、辛い心境なんだけど、どうしたら良いの?」
「素敵な未来に進むために今の私に出来ることは何だろう?」と思っても簡単に行かなければ、カウンセラーコーチセラピスト相談してみるのも良いと思います。彼らは病気では無く人を見てくれます。(※もちろんお医者さんもそういう人はたくさんいます)

これも、まさに自分自身の現状を客観的に見て、どの道を経由して望む未来に進むかを再検討する。まさに、そのターニングポイントなのです。そこをしっかりと見つめることで、視野が広がり、未来が開けてくるのです。

 

価値観は違えども…。

「『心の病』っていう言うのは薬で治すモノなんだ!」
「『心の病』っていうのは、結局のところ、どうにもならないんだ。人生終わってるんだ!」
「『心の病』のレッテルを貰えれば周囲に依存しまくっても許されるし、悪い事をしても免罪符になるんだ!」

と、いろいろな解釈をする人がいるのも事実です。
僕の解釈に腹を立て激怒する人も少なくないと思います。それはそれで仕方がないことだと思います。
ただ、それでも、どうしても忘れないで欲しい事があります。
それは未来を簡単に捨てないで欲しいという事です。
結局のところ『心の病』のお手軽簡単で正しい治し方というものは存在しませんし、僕にもわかりません。それでも希望は捨てないでください。
僕も希望は捨てていませんし、他の多くの人たちも希望を持ち続けています。
未来はきっと、今よりもずっと良くなります。
そう信じて、お互いに試行錯誤しながらでも前進しましょう。

》前回の記事はこちら《