「綿毛に包まれて生きていく」~Vol.5 短い命の人って何故あんなに輝いてるの?

「短命」で誕生する命は、産まれる前にその役柄を選んで産まれて来た勇敢な魂であることは間違いではないのです。 この世の中は舞台の様なもの。私たちは人間としてある役柄を演じて、自分の出番が終了したら元の魂としての活動に戻るのです。
「綿毛に包まれて生きていく」~Vol.5 短い命の人って何故あんなに輝いてるの?

短命に生まれる意味ってあるの?

この世に命を受けてお腹の中で亡くなるという、とても短い命もあれば、昨今は長寿化に加速化して100歳を超える命もあります。
しかし、命の長さで幸せを図ることは出来ないのです。
長寿のお祝いはされても、本人が幸せとは限らない。
それは自分の大切な方達を送り続けるという苦しみと淋しさを伴っている事を私たちは見落としています。長寿であればあるほど孤独にもなるでしょう。ご家族に恵まれて暖かくのんびりと暮らせる場合なら、それも幸せでしょう。
しかし、それは全ての長寿の人に備わっているものではありません。どれだけ過酷な人生だったか、また現在も過酷かは私たちには分からないのです。

では若くして亡くなる命。お腹の中での場合、解明されていませんが痛みというものが発達する前かもしれません。
母親の愛を感じながら去っていく。現代の様々な苦しみを知らずに。
この角度で見ると、苦悩を知らないだけ幸せかもしれません。
しかしどちらも当事者でない限り分からないものです。
幸せ、不幸とは他人では判断しかねますね。

さて、短命なのにわざわざ生まれて来る理由が分からないということをお聞きしたことがあります。
例えば、大人になり結婚し、子供を設けるまで生きないと決めているのに、過激な痛みの生理痛がある。いつか子供が出来たらそれも報われると大人たちに言われて我慢していたけど、そこまで生きられなかった。必要ないものは最初からなければいいじゃない!! と。

確かに未来があるかのごとく、全て備わって生まれて来ても、幼少時に亡くなる運命の子もいます。
そんな時、全く理解が出来ないものです。
何故死ななきゃならいのか? どこで間違えていたのか?
でも、もしも死ぬ時期を知っていて、その期間に必要なものしか無いように産まれて来たのなら、私たちは普通に対応できるでしょうか?
生きていた期間の溢れんばかりの笑顔をお互いに交わせるでしょうか?
私なら日々怯えてしまって、例えば娘だったら、守る為に常に傍に居て、健康管理をして顔色を見ていたように思います。
娘もあの笑顔もなく怖くて、怖くてずっと泣いていたか、もっと早く生きる事から逃げてしまったかもしれません。

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では短命で産まれる理由はなんでしょう。

難しい質問ですね。
それぞれの意味があります。
病を通してメッセージを送り、親御さんが書籍を出したりしながら多くの人に伝える様なこともあります。事故、災害なども世界への警告の為かもしれません。
あの子じゃなくてもいいのに……何故? と思います。
しかし、産まれる前にその役柄を選んで産まれて来た勇敢な魂であることは間違いではないのです。魂は永遠だと以前お伝えしましたね。この世の中は舞台の様なもの。私たちは人間としてある役柄を演じて、自分の出番が終了したら元の魂としての活動に戻るのです。
それが事実ならば、役者として重要な役柄を演じたことになり、それを選択した崇高な魂という事になります。

 

短命な人は何故か神々しいと思いますが……

これは私の経験上、正しく思う事なんです。
短命の子供たちは目がキラキラしていて、精神面でもとても大人というか、素晴らしいものを持っています。
若者になると語彙も増えていますから、大人の私たちが舌を巻くほどの理論を持っています。
私自身も霊媒師に見てもらったり、またクライアントさんとのセッションの中で驚くのは、どの魂も明らかに霊格が高いということ。
だからこそ過酷な短命の人生を選択出来たのでしょう。

アシュリーちゃんを覚えていますか?
プロジェリアという難病を患って、明るく最後まで周りに希望を与えて旅立った人です。彼女の病は平均13歳までの寿命とされています。世界中にも数が少ない病で、同病のお友達を探して仲良くなるも、自身より先に旅立って行く苦悩もありました。
病の症状が出た時も、周りに八つ当たりせずに堪えて来た。
病により、肉体的な部分で他者との違いを指摘され悲しい評価を受けても希望を捨てなかった。彼女の素晴らしさも勇気も強さも、優しさも愛も、此処には書ききれない程です。
皆さんも彼女の番組を見た方も多いのではないでしょうか?
世界中の人たちに愛と勇気などを気づかせてくれました。この功績は言葉では言い表わせませんね。

若くして亡くなった我が子の為に立ち上がった遺族も多く居ます。
交通遺児のための基金を設立したり、自死家族の為の自助会を作ったり、同病気者の情報をシェアして治療などに貢献したり、ありとあらゆる活動をされている事も皆さんもお気づきではないですか?
かく言う私も元々ミディアムなので、娘の事がなくてもこのような活動はしていたと思います。
しかし、こうして体験者になると、それまでの私が薄っぺらいケア者である事にも気づかされました。本質を知らなかったんですね。
短命の人たちは、その人本人の目的意識が高くなるということや、ご遺族などに多大な気づきを与えていく事が多いように思います。