一宮千桃のスピリチュアル☆シネマレビューPART.85 「ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声」

人間は誰しも歳をとる。「老いた時に何が残るのか?」期待すべきことがなくても、同じことを繰り返して生きていかなければならない。その修行の中に崇高な生き方があるのかもしれない。

失われていく美しい天使の声
少年は厳格な師と出会い自ら輝きはじめる

美しい声を持ち才能もあるのに、過酷な生い立ちから鬱屈したまま努力をしない少年。
そんな少年が名門少年合唱団に入学。その歌声に皆が驚き、あれよあれよと成功していくかと思えば、少年はさっぱりやる気がなくて、周囲に心を閉ざしたまま。
厳格な教師は彼を認めず、突き放し続ける。どこまでも表面的な優しさはない。自分自身の才能から逃げ続けている少年はなんとかやる気になったものの、友人とのトラブルやいじめ、喧嘩などで上手くいきそうになっても遅々として歩みはノロい。
こちらはこの少年のうだつの上がらなさにヤキモキする。

サブ1

しかし、ラスト
ずっと厳格で感情を見せない教師が私たちだけに見せた姿に、こちらは間違いなく泣かされる。そして、ボーイ・ソプラノという天使の声が、怖ろしく短い期間限定であることを改めて知らされる。
確実に失われてしまうものだけに、美しく儚い。その容赦ない喪失には悲しみと諦観がセットだ。儚い美しさは散る桜にも似て、心地良い「悲しみ」というロマンチシズムに浸ることができる。
ラストクレジットで滂沱の涙を流し、老いた厳格な教師の心情に共感するばかりだった。
失われる「美しい」ものを描いた佳作である

 

ダスティン・ホフマン演じる辛辣な教師
内奥に秘めたピュアな魂が垣間見える時

さて、見所は数々あれど、私としてはやはり、ダスティン・ホフマン演じる厳格な教師カーヴェルが印象深い。笑顔一切なし。辛辣で優しさのかけらも見せず、どこまでも厳しく怖い。
でも、フェアで、心の底には深い愛情と悲しみが常に横たわる。人生とはこういうものだ、と確固とした考えがあるけど、時にそうじゃない、と言いたい自由な精神も持ち、そうじゃない、と思っている節もある。
純粋さを内奥に秘めていて、それは誰にも見せない。という、複雑で魅力的な人物なのだ。
彼と、少年が対峙するシーンはどれも厳しくそっけないが、それが、カーヴェルの愛情の示し方なのである。

対する少年スリット役のギャレット・ウェアリング。
本作が長編初出演という。ふっくらした顔の美少年だが、前半のやる気なさすぎの怠惰な表情など自然だ。
あまりに可愛い顔なので、今後どう生き残っていくか注目。使い捨てにならぬことを祈る。

Photography By Myles Aronowitz

 

久々に見るデブラ・ウィンガーの老い
俳優の老いに自らの老いを感じる

ひとつ配役で驚いたのが、デブラ・ウィンガーが少年の通う学校の校長役で出演していたことだ。
「愛と追憶の日々」(83年)の美しきヒロイン。「デブラ・ウィンガーを探して」(01年)で95年から離れていた映画界に02年に復帰したが、久々に見る彼女はすっかり老いていた。
「デブラ・ウィンガーを探して」では、「ハリウッドでは女優は歳がいくと良い役がないの」と言っていたが、本作はちょい役だが、良い、方の役だろう。
しかし、誰だかしばらく分からなかったほどの老けかただった。久々に見るからそう思うのだろうと思う。

ダスティン・ホフマンは髪が白髪になってもしょっちゅうスクリーンで見てるから、老けた、とは思わない。しかし、女優と男優の違いもあるかもしれない。それにハリウッドは男優の方が整形をしている率は高いらしいから。
しかし、デブラ・ウィンガーの老いは決して醜くはなく、貫禄となっていた。
共演のキャシー・ベイツも老いて貫禄だが、演技は相変わらず巧いし、薄いブルーの眼の美しさと鋭さは衰えていなかった。こういう点で、やはり、映画俳優は老いてもスクリーンに出続けることは大切だと実感した。たとえちょい役でも、俳優は演技し続けることでいつまでも若々しくいられるのだと思う。

Photography By Myles Aronowitz

 

私たちは日々の営みを繰り返す
それが、今生の修行なのだ

若さというものも、ボーイ・ソプラノと同じく必ず失われていくものである。
老いた時に何が残るのか? 少年は美しい声を失っても、これから輝く未来がある。
しかし、歳老いた厳格で孤独な教師にはその後の人生に何があるのか?
再び天使の声を持つ新たな少年との出会いがあるかもしれない。ないかもしれない。それでも、繰り返し繰り返し同じことを繰り返して生きていかなければならない。繰り返しの生活の中で、私たちは多くのものを学んでいるのだ。
そうやって、私たちは修行していると、最近やっと腑に落ちた。

それだけに、老教師の姿は私の胸に刺さった。何があろうと、彼はここに留まって生きていくんだろうな。それはある意味、崇高な生き方なのだ。

Photography By Myles Aronowitz

 

■『ボーイ・ソプラノ ただひとつの歌声』
■9月11日(金) 大阪ステーションシティシネマほか全国ロードショー

■監督 フランソワ・ジラール
■脚本 ベン・リプリー
■出演 ダスティン・ホフマン キャシー・ベイツ デブラ・ウィンガー
ジョシュ・ルーカス エディ・イザード ケヴィン・マクヘイル ギャレット・ウェアリング ジョー・ウエスト
■103分
© 2014 BOYCHOIR MOVIE, LLC. ALL RIGHTS RESERVED.
©Myles Aronowitz 2014

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