エンジェル・セラピスト®夫婦のスピリチュアル子育てPART.88~子ども同士の喧嘩は親へのメッセージ(潤治編)

子どもたちの「しでかすこと」の数々は、子どもだと引き離さずに、下に見ずに、自分に何か教えをもたらすメッセージだと思うとちょっとしたゆとりが生まれるかもしれません。
エンジェル・セラピスト®夫婦のスピリチュアル子育てPART.88~子ども同士の喧嘩は親へのメッセージ(潤治編)

子どものうちのコミュニケーションに喧嘩や小競り合いは避けて通れません。そのコミュニケーションから子どもたちは何を学ぶのでしょうか? そして、そこから親は何を学ぶのでしょうか? 親自身も自分を見つめ直す機会を与えられているとしたら? どのようなメッセージを受け取るでしょうか?

いつも登園時は愚図っていたことが懐かしいくらい幼児園に慣れた娘の小葉。

友達も増え、園で先生や友達と過ごす時間も楽しいようです。

「○○ちゃんがね。」「○○ちゃんのこと好き!」
「今日は○○先生いるかな?」

と話してくれる様子を見て、人間関係の中で成長していくのだろうと感じさせてくれます。

ある日、ママがお迎えに行くと先生が謝ってきました。

「○○くんが小葉ちゃんのことを噛んでしまったんです。」

ママの寛子は、全く氣にせずに返答をしていたようですが、子どもたち同士の喧嘩に敏感な保護者もいるのだろうと先生の対応から容易に予測ができます。

子どものうちの喧嘩はとても大切な「コミュニケーションを学ぶ機会」だと思います。
大人になると力もつくし、鋭い言葉をぶつけてしまったり、周りを巻き込んで複雑なものにしてしまったりするかもしれません。

子どものうちの「コミュニケーションのトラブル」はしておいた方が良いだろうと自分自身を振り返っても思います。

小葉を噛んでしまった男の子は、月齢は小葉よりも幼い子です。

小葉にママの寛子は尋ねました。

「○○くんはどうして小葉に噛みついたんだろうね?」
「○○くんは本当は何を伝えたかったんだろう?」

帰りの道中、ずっと考えていたようです。

家に着く間際に小葉は話してくれたそうです。

「○○ちゃんは、ひとりで遊びたかったんだよ。」
「○○ちゃんは、ひとりが好きなんだよ。」

相手が本当に望んでいることに思いを馳せることはコミュニケーション上、とても大切なことです。
世間で言われる「空気の読めない(KY)」などという人たちがいるというのも、相手に思いを馳せることが少なくなったことにも一因があるかもしれません。

子どもたちは正直に自分の思い通りにならない氣持ちをぶつけ合います。

噛みついたり、泣け叫んだり、叩いてみたり、怒ってみたり……。

その正直なコミュニケーションを取るうちに何か学ぶことがあるのだろうと思います。

子どもたちが自分たちで学ぼうとする姿勢を邪魔してはいけないということでしょうか。
噛んだことがいけないと決めつけることや、噛まれたことで被害者のように振る舞うこと、そして噛んだことを糾弾するような姿勢はせっかくの創造的な学びをとても狭い世界で片付けてしまうことになるかもしれません。

 

大人になると思い通りにならない氣持ちを複雑に表現することがあります。

他者の失敗や不注意を責め立てて自分に有利な展開にする
自分が不機嫌になることで周りに氣を使わせて自分の思い通りにしようとする
自分が被害者のように振る舞うことで相手の罪悪感を刺激する
常識や世間の価値観を持ち出し、相手が間違っていると指摘する
「○○しないと、○○になっちゃうよ。」と感情的な脅迫をする

大人も同じように、自分の思い通りにならないと、子どもたちよりも、ある意味たちの悪いコミュニケーションを取り始めます。

シンプルに「自分はこうしたい!」と伝えるだけなのに、面倒なものです。

そして、相手の本当に望んでいることに気づくために、自分が自分の欲求に正直であることが大切です。自分が自分に嘘をついていれば、相手の嘘を見破ることは難しくなります。
言葉通りに受け取って、混乱するかもしれません。

「さっきは○○は違う! って言ったのに……。」
上司の言うことに、振り回される部下など珍しくはありません。

「距離を取ろうって言うからそうしたのに……。」
寂しがり屋の彼女の言葉通りにして逆ギレされる彼氏も少なくありません。

「お菓子は1日に1回って言ったでしょ?」
安易な幼児との約束にイライラさせられるママもいるでしょう。

「自分らしく生きたいって言ったのにいつも通りの生活?」
内なる自分の声を聴いたはずなのに行動に移さない人も少なくありません。

ですので、誰かから傷つけられたり、理不尽な仕打ちのようなものに出逢ったときに、その人の望みに思いを馳せることは、自分のそうした本意を知る機会にもなります。

「わたしは本当は何を望んでいるんだろう?」
「わたしの魂はどんな人生を、今日一日を望んでいるのだろう?」

そうして問いかけた日々は、本意を具現化するために目に見えない仕組みに従ってくれるでしょう。

子どもたちの「しでかすこと」の数々は、子どもだと引き離さずに、下に見ずに、自分に何か教えをもたらすメッセージだと思うとちょっとしたゆとりが生まれるかもしれません。

 

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