Temple Of New Dawn こぼれ話〜Amalin Story #4

Spiritual Land of India Encounter of Two Enlightened beings “Tamo-san” and “OSHO” !!!

今年は本当にめでたいですね。
何か新しい風が吹き込むTemple Of New Dawnの「1」の年2017年、初春の日々です。

こういうストーリーが始終起こる自然と一体の生活は、私の魂や存在をどんどん癒し心の窓を開放させて、全体と一つにしてくれます。自然が自然に癒してくれ、私の自然に帰っていかれる、日々の自然なプロセスです。
「テンプル オブ ニュードーン」での自然からの愛と恵みに合掌です……。

 

Amalin Story #4  (#3からつづく)

風の向くまま、気の向くまま、流れに乗って生きる。

何をするのか? ではなく、いかに関わるのか?

宇宙の存在(神・加身)はすべての準備をどのように、どのタイミングで整えればいいのか?
すべて知っているに違いない!

というのが、#3のポイントでした。

さて、Amalin Story #4のスピリチュアル ジャーニーはどこに向かうのでしょうか?

韓国でのエゴ落とし浄化浄霊の山登りの末に、ついにインドに旅立てる「イマココ」印籠が天から降りてきた感じです。
さて、その続きは……。

 

[インドの大地に口づけを]

1989年の11月末に近い頃、今はムンバイ、当時のボンベイにソウルからちょっと高級なスイスエアーで飛んできた私は、タラップ(当時のインドにはこれしかなかった)を降りた瞬間、突然、大地に口づけをしたくなるほどの感動を覚えました! この少し前に、バチカンの先代大司教がインドに来ており、大地に降りた途端にひざまづいて口づけしたというニュースを見ていたからか、何か、共感できる感覚が湧きあがってきたのでしょうか。
何だろう、この感覚、どこに行ってもこういう気分になった土地や国は今だかつてなかったけれども、当時のインドには独特のスピリチュアルな風土があり、その空気はまだまだその当時、とても健在だったのです。

遠くに登ってくる凄く大きなオレンジ色の朝日、霞んだ空にボワ〜んと浮かんでいる、そこに立って眺めている私との間にはシンプルな空港の風景と人々の生活が五万とある。
「オ〜〜〜」と感動する擬音が聞こえてくるような景色。
「オーム」の音もそこに同時にあり全体が一つに振動している、そんな深くスピリチュアルな感覚がその時そこにはありました。

少し歩いて中に入ると、何だか、いきなりインド! 空港内はトイレですらインド‼︎ トイレットペーパーなどはない。
今は素晴らしくモダンでアーティスティックなムンバイ・シバジナガー空港(成田なんかよりもずっとお洒落で品があるスペーシャス空間・インドのアートがそのまま空港になっているインド古来からの自信を感じさせる空港)だけど、28年前のインドは国際空港内ですら、そのまま本物のインドだった。
どこの国でもしたことのない体験、カルチャーショックの連続の中やっと外に出ると、寄せる乞食の渦と化す。
空港出口すぐ脇の歩道には、乞食の家族が一団で生まれたての赤ちゃんも一緒に寝ている。
クラッとする間もなく、すぐに百人くらいの子供の乞食たちがたかってくる。
一人にでもあげたら、大変なことになると知っていたから、無視して通り過ぎるけど、思いっきり、カルチャーショック! 空港からボンベイの電車の駅までタクシーで動く間にも、下水の臭いが充満し、貧困なあばら家が軒並みにあるエリアを移動していく。
生温い風と物悲しい感覚。
本当に貧困インドだ!(今は全く違い日本よりも経済状況がいいと感じる、バブル真っ只中インドかな。乞食も空港から姿を消した。)

それと同時に、朝方5時くらいから人がぞろぞろ道端を歩いている。
この風習は今も根強くあるけど、早起きは三文の徳は日本の風習だけど5時起きは中々ない、インドではヒンドゥー教のスピリチュアルな在り方の風習で、水浴と祈りの後に早くから人が道端を歩いている。
貧困と世界有数の大金持ち、カースト制度、エゴとスピリチュアル、ありとあらゆるものが入り混じった奇妙に面白い国。
28年近くここに来ているけど、ある意味飽きない国。
最近の変化のスピードもすごい! デジタル大国!

 

[いよいよ、OSHOコミューンのエナジー探索!]

アメリカでの4年間に及んだひとり旅同様に、ここでも私はひとり旅、太母さんとその周りの若人たち一行のツアーに先立って、ひとりインドに入った理由は、プーネのOSHOコミューンでの『OSHOと太母さんの出会い』という、二人の覚者が出会うという歴史的な一大イベントの下準備をするという、高貴な使命感とともにある大役のためでした。