【淡路島 東経135度からの カタカムナ】
~にほんごって すごい!!~

縄文時代以前から、在った「かもしれない」古代文字。 ということならば、研究したからといってどうなるものか、と思われるかもしれません。

カタカムナ。
というものに、出逢わせてもらったのは1995年の、阪神淡路大震災がきっかけでした。

震災当時、私が住んでいたのは実家のあった、神戸の「大開」駅あたりでした。

「神の 戸が、大きく 開く」と書くところ。
高速道路があれだけ倒れた中でも、地下鉄駅が陥没したのは唯一、大開駅だけだったそうで、そこは文字通り、交差点の真ん中が大きく開いて池のようになっていました。

早朝、5時46分。

両親がローンを組んで買ったばかりのマンションからは、真っ黒な空に真っ赤な朝日と、
あちこちに上がる火の手が見えました。
体育館に避難しましたが余震も強く、すし詰め状態でした。

あの時は、日本でも久しぶりの大きな震災でしたから、当事者も誰も、どう対処したら、などわからない状況だったと思います。

有り難くもたくさんの方たちのおかげさまで無事、大阪に避難できた後、何かあったら 薬屋さんに行くように、何かあったら本屋さんに行く、という習性があった私は、大阪で、やっぱり本屋さんに 行ってみました。

ですが、にんげん、そのようなインパクトのあとは普通の内容が響かなくなるようで……。

当時はまだ1995年でしたから、ノストラダムスの、とか植物と対話する本、だとかを買いました。

その後は、これも勝手に思っているのですが、地震で受けた振動から記憶を活性化されたかのように。
それをできるだけ早く取り戻そうとしていたみたいに、瞑想法やら心理学やら各種代替療法やらを、手当たり次第に学び始めました。

そこへ、高校からの友人がたまたま帰ったらしい遠方の実家近くに、
「あんたが絶対、大好きそうな不思議な人たちがいる!」と教えてくれました。

当時独身でしたから、即座に飛んでいって出逢えたのが

「カタカムナ文字」です。

 

ひとめ見て「あ、これは、ほんとだ。」と思ったから。
としか、いつもお伝えできません。

文字じたいの物証は、ありません。

戦後、神戸の六甲山中で写し取ったといわれる、80首のうたの文献が遺されているのみ です。

いちばん古くてどうだ、とかこれこそ正しくてどうか、という類いのものでは全くありません。

なぜ それに 響いたか。