お正月直前!?2014年ってどんな年だった?年が明ける前に振り返る!!

2014年の事件を振り返ると、時代の流れが見えてくる!
お正月直前!?2014年ってどんな年だった?年が明ける前に振り返る!!

あなたの2014年はどんな年だった?

2014年もあっと言う間に過ぎ去ってしまいましたね。あなたにとって2014年はどんな年でしたでしょうか。

学生さんなら、もしかしたら入学だったり進級だったり、受験だったり、部活だったり、修学旅行だったり、そういった、その時にしか味わえない節目を思い浮かべたかもしれません。

大人でも結婚したとか赤ちゃんが出来たとか、子供が自立したとか、そういった事を想い浮かべたかもしれません。

2014年と言っても、その人の立場によって、まったく違った年になります。僕は静かに暮らしたい派の人間ですので、今年はあまり率先して大きな動きはしませんでした。それはそれで、学べる事もたくさんあり、それらの日常の体験等も2015年への糧になると思っています。

巷を騒がせた2014年を振り返る!

では、世間では2014年と言えば、どんなものに意識を向けていたか一緒に振り返ってみましょう。もちろん僕の主観なので絶対ということではありませんが、おおよそ、そんな感じかな…と思える話題をピックアップしますね。

・STAP細胞問題

未だかつてない世紀の大発見!というお話でした。ここで『リケ女』という言葉が登場し、理系の女性が割烹着姿で大活躍!時代は変わった!という事で世間の注目を浴びていました。しかし、話しはだんだん、暗い方へ移行し、STAP細胞は実は存在しないという説が浮上し、捏造疑惑などに発展してしまいました。

実験に関しては何らかの勘違いだったのか捏造だったのかは僕にはわかりません。もっというと、僕はSTAP細胞が何なのかという事を未だにそれほど詳しくは理解できていません。僕と同じく、STAP細胞が何なのかを事細かに説明できたり、どの辺りで勘違いや捏造の疑惑があるのかもいまいちわかりません。僕を含めて、その点に興味を持ってSTAP細胞問題を話題にしている人に出会った事は一度もありません。そもそも難しい話(学術誌レベル)に世間が興味を持つ事がまず無いと思うのです。では、あれだけ話題になったSTAP細胞問題って何が問題なのかということになって来ます。『リケ女』『割烹着』『Vivienne Westwood』など、研究とはまったく関係のない部分にフォーカスしている人が多かったのではないかと思います。別に、科学者が若い女性であろうと割烹着を着て研究していようと、何のアクセサリーをつけていようと、そこはあまり重要ではないのです。捏造疑惑の真相が気になっているとか、捏造が本当だと仮定してその行為を責め立てているとか、そういう空気はどうも伝わって来なかった気がします。どちらかというと、研究の話では無く、個人攻撃に近い空気を感じました。

特定の団体、研究者が何らかのミスをしたとしても、普通に考えたらそれほど話題にならなかったと思います。キャラクター性が強かったために、問題がどんどん違った方向に広まってしまったのではないかと思います。この図式って、イジメに似ていると思いませんか。クラスの目立った子にカンニング疑惑が立てられた。疑惑は疑惑のまま、何故か周囲はそれをネタにしはじめ、みんなで叩き始める。気がつけば隣のクラスにまで話が広がって、カンニング疑惑どうこうより、疑惑をかけられた人物をひたすら叩くことだけが流行ってしまった…というような。

STAP細胞問題は、本当に話題が大きくなってしまっていますが「何が問題なのか」「何が論点なのか」がわからなくなってしまった。しかし興味を持った人の視点や感情はSTAP細胞そのものからは、どんどん離れて行っている。そんな気がしてなりません。

・ゴーストライター問題

ロックミュージシャンを彷彿させるような髪型やサングラス。外見的にも一度見たら忘れない程の印象を持つ人物。彼はなんと、視覚障害を持つ天才クラシック(?)作曲家だった。これそのものは今年の大きな話題ではありませんでしたが、なんと、その天才作曲家は自分で作曲していなかった。しかも実は眼も見えているのではないか、というお話です。

これも不思議な話題でした。僕が流行に疎いだけかもしれませんが、この話題が浮上しても僕は彼の楽曲を聴いた事がありませんでした。世間ってそんなに現代クラシック(?)に興味を持っていたかどうかが疑問でした。もちろん一部のファンたちの間では有名な方だったと思いますし、CDも売れていたと思います。しかし、殆どの人たちが彼の楽曲を知らずして彼をバッシングしている。実に奇妙です。

これは一体何が問題なのか。やはり僕はここで立ち止まってしまいました。ゴーストライターを使って楽曲を自分の著作物だとしたことが問題なのでしょうか。だとしたら著作権の譲渡などについてみんなが話題興味を持って話題にしたのかというと、そういうわけではなさそうでした。

では障害者のフリをした(?)ことが問題なのでしょうか。障害を持った方からすれば当然障害者の真似をされたら嬉しいはずがありません。ただ、仮に彼の楽曲を買って、しかも喜んでいた人たちが怒っているとしたら、プロフィールを偽っていた事に怒っているのか、それとも、障害者が作った楽曲では無かった事に価値を見出せなくて怒っていたのか、それとも他の事に怒りを感じていたのかがいまいち理解しづらいです。仮に障害者がカッコ良い曲を作っていたから価値があるのであって、楽曲だけならそれほど価値がないと思うのであれば、それはそれで、そのような解釈をする人も何か歪んでいる気もします。

もしもこの件が、障害という点を一切排除し、外見も地味などこにでもいそうな人だったら、問題はここまで大きくなったのでしょうか。

これらの一連の流れをすべて、ビジネスとしてのプロモーションとして考えていたのであれば、これは大成功と言って良いと思います。日本中の興味を惹き付け、従来のファンの他にも、おもしろおかしく話題性に便乗して楽曲を買った方も少なくないと思います。さすがに、そこまでするプロモーターがいるとは思えないので、これはまず無いと考えて良いでしょう。

ゴーストライター問題も、実際にみんなが興味を持ったのは特異なキャラクター性ではないかと思うのです。

・交通費水増し議員問題

ある議員が電車代などを不正に請求していた。これは誰が聞いても大問題です。自分たちの税金を私的利用されたら、国民にしてみれば迷惑以外の何ものでもありませんので、他人事ではないからです。しかし、これも事が明るみに出て一定期間報道されたらすぐに忘れ去られても不思議ではない気がします。

では、大衆のみんなは何を気にしているのか。恐らく記者会見の時の議員のパフォーマンスだと思います。不思議な発言をしたり、突然号泣したり、何故か聴き耳を立てるようなジェスチャーをしたりした事が強烈なインパクトがあり、そちらに意識を奪われてしまった気がします。

そうなって来ると、問題なのは議員としてあるまじき行為がどうこういうよりは、奇行そのものに移っていると言えなくもありません。しかし、ここで注意すべきは、僕たちの殆どは、普段の彼を知りませんし、テレビや雑誌、ネットなどでの情報を元に彼の人物像を作りあげているという事を忘れてはならないという事です。だから、あれこれプロファイリングしたくなる気持ちはわかりますが、結局のところ、本人に直接会った人間でなければ、なんとも言い難いのです。

以上、3つの話題を取り上けたのですが、ここには共通項があります。一見すると、2014年は「今まで出て来なかった問題が、明るみになってきた年」と言えるかもしれません。つまり、今までなら通用して来た事も、これからの時代は通用しなくなるといったような新時代の幕開けにふさわしいようなイメージを持つかもしれません。

しかし、1年を通してこれらの話題を冷静に考えると「結局何が問題だったのかわからない」「問題は確かに存在したとしても、それそのもの(本質)に興味が持たれる事は少なかった」「本来の意図と異なった方向に話題が逸れている」「真実よりもイメージが先行している」「結局はおもしろおかしく吊るしあげることが興味の対象だった」という気がします。

もちろん、それが必ずしも悪いというつもりはありません。ただ、それらは気をつけないと、「世の中というのは、ちょっとした何らかの力によって、思わぬ方向に事が発展し、収集つかなくなってしまう危険性がある」ということでもあるのです。時事ネタに限らず、個人レベルに落とし込んでも同様の事が言えます。

これらの事を頭の片隅に残して2015年に向かうと、未来はまた違った方向に進めるかもしれません。