末吉愛の「あなた本来の輝きを呼び覚ます ワクワク☆ミラクル自己実現メソッド」 PART.19 ~前提を覆す~

「わかっているけどできな」と思っているあなた、本当にお分かりですか?
末吉愛の「あなた本来の輝きを呼び覚ます ワクワク☆ミラクル自己実現メソッド」 PART.19 ~前提を覆す~

「わかっているけどできない」

自分が心から望む活動をしていきたい、そのための方法が知りたいと多くの人が思い、セミナーを受けたり本を読んだりしていると思うのですが、学ぶことはしても、アウトプットができずに現状が変わらないままだという人が多いのもまた事実であるようです。

学びに行けば何か変わるのではないか。人生を変えるきっかけとして、まずは学んでみよう。そう思って新しい道へと踏み出したはいいものの、受講しただけで――そのときは本当に充実した気持ちで、変化がまさに今起こっているのだという感覚を持っていたはずなのに――、メモをしたノートはどこへやら、開いてみることもなく、平凡な、これまで通りの日常に戻っていた、という体験をしたことが、一度くらいはあるかもしれません。

インプットしたらアウトプット。本当に変化を、夢の具現化を望むのであれば、行動に移すこと――それも、習慣を変えることが欠かせません。

この、「行動」に至るまでがやっかいで、「わかっているけどできない」という、まやかしの状態に陥っているがために、まったく人生に違いをつくることができずにいる人たちが多くいます。
「わかっているけどできない」というのは、真実ではありません。わかっていたら、「やる」以外の選択などあり得ないのですから。

ここで考えてみたいことが二つあります。
一つは、「本当にそれをやりたいと思っているかどうか」です。それは誰かに(特に親に)期待された生き方ではないかどうか。世間の流れに、周囲の価値観に影響されているだけで、実は少しも望んでなどいないのかもしれません。本当に、真に自分が何を望んでいるのか、それこそ魂レベルでどういう生き方を求めているのか、内観してみる必要があります。

もう一つは、「前提となっている思考は何か」です。
「自分のやりたいことは実現できる」、「実現する」ことが前提となっているなら、それに向かって行動する以外に「答え」はないのであって、「時間がない」だの、「お金がない」だの言い訳するはずがありません。時間とお金の使い方を見直したり、継続することと辞めることの整理をしたり、何か問題があっても前向きにしか捉えないはずです。

「どうせ自分は」という思考、「できなかったらどうしよう」という不安を抱くのは、「できない」ことを前提にものを考えている証拠です。
宝くじを当てるような気分で臨んだところで、実現できるはずがありません。人生は「一か八か」ではないのです。「できたらいいな」は、次の日には、「できないかもな」に替わり、また翌日には「できたらいいな」に戻って、行ったり来たりを無益に繰り返すだけにすぎません。

前提を覆す

「わかっているけどできない」は嘘。できていないのは、わかっていないから。わかっていないのは、自分の本心。あるいは、自分そのもの。やらないのは、やりたくないからです。

「やればできる」ということを本当にわかっているなら、「やらない」などという選択ができるでしょうか。進まないという選択をして、時間を浪費できるでしょうか。
そもそも、やってみた後で「自分でもできるんだ」と思えるものなのだから、やる前から「できる」と「わかる」はずがないのです。

できるかどうかは「わからない」。それでも、だからこそ、「できる」と前もって設定すればいいのではないでしょうか。
「やればできる」かどうかなんて、やってもいない今、わかるわけがない。でも、「できるまでやる」と決めることは、今できます。

「心から望む幸せなライフスタイルは、実現する」という前提で生きる。それは、自分にはその価値があると認めることであるし、実現するまでガイダンスに従うと誓うことでもあります。

「人生には妥協がつきものだ」、「こんな自分は生活できさえすれば充分だ」、「結局才能のある人だけが成功するんだ」といった考えが前提となっているなら、そうしてそれによって満たされない思いを抱いているなら、その前提は覆されなければなりません。誰もが平等に、幸福を味わう権利があるのだから。

そして――最も覆されなければならないのは、「今の自分では不十分だ」、「今のままでは駄目なんだ」という思考そのもの――です。
わたしたちが本当にわかっていないことは、このことなのだろうと思います。

これをしなければ成功しない、成果を出せない、幸せにはなれない。このままではいけない、足りない。
そのような思いで自分を観ることは、少しも「自分そのもの」が何たるかをわかっていない、ということなのだろうと。

わたしたちが本当にやらなければならないことは、何かにがむしゃらになることではなく、たった今すでに満たされているのだという真実を、少しでも感じさせてもらえるように祈ることなのかもしれません。

「やればできる」は間違いで、本当は、「やらなくてもできている」。もうすでにわたしたちは、幸福の海のなかで泳いでいる。
「もう幸福は実現できているのだということが、わかるまで生きていく」。もしかしたら、それがわたしたちに与えられた、本当の「前提」なのかもしれません。

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