ココロセラピストが語る!「間違った自己主張」とは?

「自己主張」はする側も、される側も考えされられます

僕は常々このように言っています。「自分の意見を持った方が良い!」「自分の想いをきちんと伝えた方が良い!」「人の意見を真に受ける前に、自分なりに咀嚼した方が良い!」

日本人は自己主張が苦手だと言われています。でも、個人的な話をすると僕自身を含めて誰かが誰かに「自己主張が苦手だよね」と言っていたり、言われているのをあまり見た事がありません。

日本人の価値観が欧米化されたのかどうかは分かりませんが、僕が知る限りでは日本人もきちんと意見を言える人が多い気がします。

 

自己主張は良い事です。

自己主張は良い事です。考える事を放棄したり、長いモノに巻かれて無責任でいる事を最優先に思ったり、決断力が乏しかったり、イヤな事をイヤと言えず耐えすぎて心身が病んでしまったり。表立って意見せず、影でグチグチ言うだけの人生だったり。悲しすぎます。そう考えると、自分の心が感じた事や、考えた事などをきちんと伝えられたらステキですよね。
自己主張してはならない!

自己主張が良い事なのは、なんとなくご理解いただけたと思います。しかし、時々思うのです。多くの人たちは何か自己主張を勘違いしているのではないかと。「ただ、思ったから言っただけ」というのは、場合によっては望ましくないのです。思った事を率直に言語化する事はコミュニケーション能力でも何でもありません。それではただの空気の読めない人か、状況判断の出来ない人と言うことになってしまいます。
自己主張とはコミュニケーションツールの1つに過ぎない!

そもそも自己主張とはなんなのかというと、コミュニケーションのスキルです。言わなければ伝わらない。だから伝える。これが主張です。つまり、「言う」事です。しかしコミュニケーションは「聴く」と言う事も同時に大切です。最近流行りの言葉で言うなら「傾聴」です。キャッチボールに例えると、分かりやすいと思います。「俺、投げる人」「僕も投げる人」「俺、お前のボールを受け止める事はしないよ」「僕、キミの投げたボールはスル―するよ」という関係性でキャッチボールは成立しませんよね。「俺、剛速球しか投げないから」というのも、双方が納得しているのなら良いですが、相手がそれを望んでいなかったり、肩慣らし程度に軽くキャッチボールをしたい人だったら、これもキャッチボールとして成立しないのです。自己主張を「意見が言えるから偉い!」と思っている人は、それだけでコミュニケーションは成立しない事をここでしっかりと押さえる必要があります。
自己主張の最悪なパターンはクレーマー!

次に勘違いした自己主張のお話をします。自己主張でイメージするトラブルといえば、何をイメージするでしょうか。色々あると思いますが、クレーマーが思い浮かびませんか。クレーマーは問答無用で容赦なく自己主張をして来ます。相手の立場や気持ちなど一切関係ありません。意見であれ、気分であれ、とにかく、自分が言いたい事を永遠に満足するまで主張して来ます。場合によっては、暴徒と化し、本来の趣旨を忘れ相手の人格を否定し始めます。理性は完全に吹き飛び、狂戦士の如く、エネルギーの全てを攻撃に変えて来ます。場合によっては、陰湿な手段を使って悪評を流し続けたり、情報操作をしてでも相手の存在を潰しにかかる場合もあります。法律無視のタイプもいれば、ギリギリのラインでネチネチと嫌がらせをして来るタイプもいます。出会ってしまったが最後、こちらに否が無くても逃げ切るか、合法的に倒すか、相手が大人しくなるまでひたすら耐えるか、完全に相手に屈服し、相手の操り人形になるしかありません。クレーマーの特徴としては「私は、自分の意見を言っているだけだ」と繰り返して来たり「あなたは自分がこの世で一番偉くて、自分の意見が全て正しいのですか?」と極端な例を出して来たり、とにかくそのスキルは一体何処で身に付けたのかと思うほど、悪魔のような攻撃を繰り出して来るので本当に要注意です。場合によってはストーカになる危険性もあります。

 

間違った自己主張ってどんなもの?

自己主張は自分の意見を主張する事です。しかし、社会性動物であれば空気を読むスキルは必須です。空気が読めない人が陥りがちな例を出します。

完全禁煙の喫茶店。きちんと禁煙の表示がされており、誰が見てもわかるようになっています。ここに喫煙者(煙草を我慢できない極端な人)がやって来たとします。禁煙と知らず煙草に火をつけたところ、店員に注意をされました。その時、その客はこう言ったとします。

「喫茶店で、煙草を吸ってはいけないなんて決まりがあると思ってるのか!」

まず、これでアウトですよね。そのお客さんが煙草を吸いたい気持ちはわかりますが、やはり少し変です。というのも「そんな決まり」があるから他のお客さんたちは誰も煙草を吸っていないのです。もしかしたら本当は喫煙したい人もいるかもしれませんが、その人は煙草よりも喫茶店に入る事の方が優先順位が高いから禁煙ルールを受け入れたのです。「決まり」を無視して問題を起こしているのは、彼なのです。

「私は煙草を吸いたいと思いました。だから火をつけたのです。私の自由を奪う権利はあなたにはありません」

これも明らかにおかしいです。お店は「煙草を吸いたい」という気持ちまで否定しているわけではありません。未成年者でなければ、煙草を吸って良いのです。但し、店の外で。逆もまた然りです。煙草OKの喫茶店に煙草が苦手なお客さんが来てこう言ったとします。

「今の時代に煙草を吸うなんてナンセンスだわ!嗚呼、くさいくさい。私、耐えられないわ!」

これもルール違反です。彼らに共通している事は空気を読めていない事なのですが、それだけではありません。思想の自由、言論の自由はわかりますが、権利があるという事は裏を返せば義務もあるということなのです。本人に悪意が無かったとしても、その場を利用する「権利」を主張するのであれば、その場のルールを守る「義務」もあるのです。

もし、彼らが出入り禁止を言い渡されても決して文句は言えないのです。何故なら、間違いなくルール違反ですし、そもそも、禁煙場所で煙草を吸う時点で、お互いのニーズもウォンツも異なっているので無理に関わり続ける必要はないのです。決して、そのお店が不誠実なのではなく、もちろんお客さんの人格を否定しているわけでもなんでもありません。そのお客さんと利害が一致しないため、喫茶店を利用する「契約」が成立しなかっただけなのです。

この喫茶店の例は「禁煙」と明確なルールがあるので分かりやすいですが、世の中には、グレーゾーンもあれば暗黙ルールもあります。状況に応じた対応も求められます。

もし、どうしても禁煙の喫茶店で煙草を吸いたいのであれば、そのお店でお客さんのいる前でわめき散らすのではなく、ネットで誹謗中傷を書くのでも無く、「お客様のご意見はこちら」と書かれたハガキにメッセージを書いたり、「お問い合わせセンター」に電話するなどして「提案」するなどの配慮が必要です。

しかし、ここでまた自己主張を勘違いした人は、自分の「提案」を絶対的なモノと盲信しているため、その意見が通らないと「提案」が「強迫」に代わる事も少なくありません。これは、コミュニケーションをしているのではなく、空気を読めない人が暴走しているだけなのです。

こんな事で巻き込まれた罪のない人たちの事を考えると悲しくて仕方ありません。