伝心の法則~ある偉大な老人の教え Part.23 悟りの理論化をしてはいけない

伝心の法則~ある偉大な老人の教え Part.23 悟りの理論化をしてはいけない

仏教的アドヴァイタ

「少しでも妄想が起これば、すぐに異界に堕落してしまう。始まりのない昔から、心は、今も変わりはしない。他の法則もないから、無上の悟りの教えということになる。」

質問
「和尚さまの言われる即心是仏の“即”というのは、どういう理論なんですか?」

希運禅師
「何の理論を求めているんだ?理論化をした途端に、もう心は違うものに変化してしまう。」

質問
「先ほど、『始まりのない昔から、心は、今も変わらない』とおっしゃったではないですか。この意味は何なのですか?」

希運禅師
「君が理論を求めるから、自分から、それと違うものになってしまったのだ。君が求めなければ、違うものにはなりはしない。」

質問
「違うものにならないのなら、わざわざ“即”などと教えなければいいではないですか。」

希運禅師
「君が、意識が低いとか高いとか、そんなことを問題にしなければ、誰が“即”などと言うか。
即が即でないなら、心も心ではない。
もし、即も心も忘れてしまえば、君はどこにそれを求めていくんだ?」


(日本語訳は、「伝心法要・宛陵録」入矢義高著 筑摩書房刊 を参考にさせて頂きます)

【解説】

弟子は、悟りへの道をステップ・バイ・ステップで捉え、悟りに至る理論を求めています。
黄檗希運は、理論など無い、理論化するから、そこに悟らざる状態と悟った状態といった区別が生まれるのだと言っているのかもしれません。

その区別が生じた瞬間に、それはもはや悟りではなくなるのだと。

私たちはそのように、悟りを理論化し、獲得しようとします。
その結果、自分の思考とイメージが作り出した悟りもどきの妄想に陥ってしまうのでしょう。

ですから、思考やイメージを滅し、知識や理論を捨て去ることが、無上の教えなのかもしれません。