伝心の法則~ある偉大な老人の教え Part.18 仏陀の最高の教え

伝心の法則~ある偉大な老人の教え Part.18 仏陀の最高の教え

仏教的アドヴァイタ

首楞厳経の「もとは同じ一精明、それが分かれて六和合となる」の一精明とは、一つの本質の心であり、六和合とは、六根(眼、耳、鼻、舌、身、意)のことである。
この六根は、それぞれが六塵(色、声、香、味、触、法)と対応している。

眼は色、耳は声、鼻は香り、舌は味、身は触れること、意は法則で、その中間に六識(眼識、耳識、鼻識、舌識、身識、意識)が生まれて、一八界(六根+六識+六塵)が形成される。

もし一八界が実体のないものだと悟るなら、六和合をまとめて、一精明にすることができる。
その一精明とは、本質の心のことである。
修行者は、皆このことを知っているが、ただ一精明と六和合を知的に理解するだけになってしまい、法則に縛られて、本質の心と同調することができない。

仏陀がこの世界に現われたのは、唯一最高の法則を説くためだった。
ところが、世間の人々は、それを信じず、悪口を言って、苦しみの海に沈むことになった。

でも、仏陀が教えを説かなかったなら、出し惜しみの罪をおかすことになる。
つまり、世間の人々に、広く真実の法則を伝えることができなくなる。

そこで、仏陀は、方便として、三乗(三種類の乗り物)があると説いた。
でも、大乗や小乗があって、悟りに浅い悟りや深い悟りがあると説くのは、本質的な法則ではない。
だから仏陀は法華経で「ただ一乗の道だけがあって、他の二つは真実の法則ではない」と言った。

しかし、結局、唯一の本質の法則を顕在させることができなかった。
そこで、大迦葉を呼ばれて、同じ法座につかせて、言葉を超越した、唯一の本質的な法則を授けた。
この一門の法則は、今も独自に実践されている。
もし、この法則をダイレクトに悟れば、仏の世界に入ることができるだろう。


(日本語訳は、「伝心法要・宛陵録」入矢義高著 筑摩書房刊 を参考にさせて頂きます)

〔解説〕
仏教的な概念が続いていますが、五感とその対象には実体がなくて、その奥に本質の心があるということを言っているのだと思います。

物理学でいえば、外界というのは、電磁波でしかありません。ある特定の波長を、耳が音波として捉え、目が光波として捉えています。マトリックスという映画がありますが、もしダイレクトに脳を刺激して、五感を自由に生成することができるようになれば、マトリックスの世界は現実になります。

でも、私たちは毎日それをしています。それが夢の世界です。
夢を見ているときは、脳内で五感が生成されて、夢の世界をリアルに感じています。

しかし、目覚めている私たちの現実も、基本的に、夢の世界と同じなんです。ある特定の波長に脳が反応して、五感で世界を認識しているだけですから。仏陀は、そういうことに気づいて、脳の認識作用を、当時の言葉で表現しました。それが、十八界です。

黄檗希運は、その認識作用の奥に、本質の心があると言っています。
それは魂やヒンズー教のアートマンの概念というより、この宇宙の意識と一体化した領域のことではないかと思います。