伝心の法則~ある偉大な老人の教え Part.17 同調による教えの伝達

伝心の法則~ある偉大な老人の教え Part.17 同調による教えの伝達

仏教的アドヴァイタ

仏陀が、マハカシャーパに教えを伝えて以来、その教えは、心から心に伝えられるという同調によって伝えられ、その心と心は同じ状態になった。
もし空に同調しても、空から悟りの教えが伝わることはなく、物質に同調しても、物質が法則を悟るわけではない。

心から心に同調して伝えるから、その心と心は同じ境地になる。
しかし、同調する側も、される側も、共に心を一体にすることは難しい。
とは言っても、心は無心であるから、得るものは何もないのだが。

仏には三つの体がある。
法身は、本質が空であるという教えを体現し、報身は、すべての存在が清浄であるという教えを体現し、化身は、人々を導くために様々な姿を持って仏が降臨することを体現している。

法身の教えは、言葉や音声、姿かたち、文字では理解できないものであり、説かれたものはなく、証明されたものもなく、ただ本質が空なるものであるという教えである。
だから「法として説かれるものはない。それが法を説くということだ」(金剛経)と言われるのである。

報身と化身は、機会に応じて姿を現し、その教えも、機会や状況に応じて、人々を教え導くものであって、真実の教えではない。だから、「報身と化身は、真実の仏ではなく、真の法則を説く者でもない」と言われるのである。


(日本語訳は、「伝心法要・宛陵録」入矢義高著 筑摩書房刊 を参考にさせて頂きます)

〔解説〕

少し難しい仏教的概念が続きますが、後半は、金剛般若経の一説を引用しています。前半では、教えというものは、心から心に伝えるものであると述べています。

要するに、本来の教えは、知識の伝達ではないということです。
確かに、言語の情報というのは、顕在意識レベルでの情報でしかありません。顕在意識の情報処理は、潜在意識の情報処理の百万分の1だと言われています。心と心の伝達というのは、潜在意識での情報伝達のことなので、一瞬にして膨大な知識体系(智慧)が伝達されてしまうのでしょう。

日本では、このような潜在意識での情報伝達を「技を盗む」という言い方をします。師匠から弟子に情報を伝達する場合、同調によって情報を伝えることが、効果の高い教育法になるのです。たとえば、子供を天才に育てたければ、朝から晩まで勉強させるのではなく、天才が集まる学校に入れてしまえばいいでしょう。一流の音楽家に育てたければ、一流の音楽家が集まる環境に入ることが重要なのです。

このようなダイレクトな教育に依らなければ、本質的な教えは伝わらないのかもしれません。