「本当の私」の「居場所」~自分自身がパワースポットに!~

「本当の私」の「居場所」~自分自身がパワースポットに!~

「豊か」であるということ

こんにちは、冨永のむ子です。
夏休み真っ盛りですが、いかがお過ごしですか?

休みだからといって、旅行に行かなきゃだめという決まりはありませんよね。
休みは必ず旅行に行かなきゃダメだとか、それが海外じゃなきゃなんだか残念・・・とか、
世間の風潮や周囲の羨望を意識して、自分が作った決まり事に囚われていると苦しいですよね。
何かに囚われると不自由だし、何よりも真の豊かさから遠ざかっていきます。
「豊か」という言葉から、多くの人はお金がたくさんある状態をイメージします。でも、今の日本に生きる私たちが豊かであるためにお金は必要条件ではあるけれど、十分条件ではないこと、うすうす気づいていますよね。

どこにでも自由に行けるだけのお金を手にしていても、「枕が変わると寝られない」とか、トイレが汚いとか、食事がまずいとか、足りないものにばかり意識を向けて、いま、ここを楽しめなければ、どんなに素敵なリゾートへ行っても、ちっとも豊かじゃないと思いませんか。
それよりも、バックパック一つで野営もできるし、高級リゾートでも堂々としていられるけど、
今回はどちらにしようかな~、というような、心も体も経済も、自由でとらわれがない状態を、真に自由で豊かっていうのではないでしょうか。
さらに言うなら、別に、高級リゾートに行かずとも、自分が今いる場所を、「星5つ!」にできる創造力と感性があれば、それが一番豊かです。

最近「本当の自分」に出逢うために、パワースポットに通う人が増えましたよね。
伊勢神宮や出雲大社、シャスタやセドナ、ハワイに、フィンドフォーン・・・・。国内外の古代の叡智や、パワースポットのエネルギーにふれることは、とってもとっても素晴らしいことで、私も大好きです。
でも、パワースポットにいる「非日常」の時だけ自由な気持ちで、日常生活では、周囲と衝突ばかりして、本当の私の居場所はここじゃない、ってしているとしたら・・。それは本当の自分ではないのかもしれません。

「本当の私」の「居場所」は、非日常の特別な場所ではなく、今の自分がいる場所。魂が選んでいるからこそ、その場所にいるのですから・・・。

都心でストレス抱えて周囲に心を閉ざしているのに、「本当の自分はハワイが~」と言っているといるとしたら、「自分の居場所でうまく生きられておりません」と言っているようなもの。矛盾がいっぱいなのですね。※こちらの記事も参考にどうぞ。「拍手喝采を浴びたいのに、人を避けるという矛盾を生きている」
それでは、パワースポットに通いまくっても何も変わらないかもしれません。
「本当の自分」で、現実世界で自由に幸せに行きたいならば、「本当の自分」と称して、パワースポットや、一緒に自己啓発したコミュニティの中にしかいられない、特別な存在でいようとするのをやめて、普通の一般庶民として、いつもいる場所で普通に幸せを味わえる感覚を取り戻すことが大切なのです。

誰もが「普通」に生きているだけで「特別」な存在

でも・・・、みんな普通より「特別」がいいと思ってしまいますよね。
みんな特別な場所に身を置きたいし、特別な力を手に入れたくなる。そうすれば大丈夫だと思うからですよね。
たとえばスピリチュアルな世界に足を踏み入れて、これまで見えなかったものや聞こえなかったものが感じられるようになってくると、自分は「特別」になってきた、という思考が働きはじめる方が多いのですが、その、特別な自分を生み出す思考は、「あそこの場所は邪気が・・」とか、「ネガティブな人が集まる場所は・・」とか、場所や人を選り好みして「そういう場所にはいられない私」を引き寄せてしまいます。それはある意味思い通り。思考が現実化しています。
もちろん気が良い場所とそうでない場所はあるし、ネガティブな感情の人と一緒にいると気が重くなるのもわかるし、体質によって、邪気をダイレクトに受け取ることもあるでしょう。
それが全く無いわけではないし、そう感じる方が間違っているということではありません。でもそれは、周囲の邪気に自分の中の邪気が反応しているだけなのです。そもそも自分の中に無いものに、反応することはないのです。

そしてその自分の中の邪気とは・・「邪気を感じてしまう特別な自分でいたい」という邪気です。それは特別な自分でいたいというエネルギーから起こるもの。「私を見て~」、「特別扱いして~」と、意識の中で、特別扱いしてもらいたい自分が叫んでいるのですね、
そして、そんな自分の思考によって邪気にダメージを受ける特別な存在の自分を現実化するのです。
だから、もしもあなたが、心身ともに健康な状態で、ブループリント通りの「本当の自分」の使命を果たしていきたいならば、「私を特別扱いして」と願うことを辞めることなんですね。

そこを辞めると、実はその邪気にやられる自分すらも、自分が作りだしていることに気づくはず。
なぜならば、人間は自然界の命の中で、唯一どこでも自由に生きられるように設計されていて、
自家発電が可能な存在!!自分自身が歩くパワースポットになれる力をすべての人間は持っている。特別な人だけじゃなく、誰もが!!!
それが実現するのは、「特別でありたい」という自我から抜け出した時、魂が本来の輝きを取戻し、普通に、今、ここで、自家発電できるようになるのです。
「なる」、というより、もともと「そうである」ことを思い出すんですね。思い出すだけだから、そうなるための方法としては、自分がそうだと決めるだけでいい、囚われをなくして、自分はどこででも幸せに過ごせる人間だ、と決めればいいだけ。
すると・・・自分を取り巻く環境が明らかに変わっていきます。邪気も勝手に遠ざかっていくようになる。原因不明の体の不調や、あそこが苦手、この人が苦手と、苦手なものが多くて不自由になるのは、実は、特別な自分でいたい自分の投影。そういう生き方を自分が創造しているにすぎません。

でも、本来すべては自分の意図しだいなので、自家発電できる自分を取り戻せば、感じやすくとも、感じにくくとも、都心の繁華街を歩こうと、マイナスオーラ満載の人に出会おうと、いつでも大丈夫だし、大丈夫どころか、自分がエネルギーを生み出せる存在になれるのです。
そして、自分らしく輝けるかどうか、自分のやりたいことをして、お金がを循環させていけるかどうかは、特別な人であるか否かではなく、ありのままの自分が発するエネルギーの総量しだいです。
だから、特別な存在であろうと、何かに囚われて小さくなっているよりも、日常生活の中で「本当の自分」を普通に解放した方が自分が楽に幸せになれるのです。

だって、あなたが「普通」に生きているだけで、あなたはあなたにしかできない使命を持った、特別な大切な存在なのだから。心身ともに元気に、使命を生きたい、本当にやりたいことをしたい、と願うならば、まずはそこからですね。

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