心理セラピストが語る!『他人のせいにする生き方』とは?~自分の心の声を聴け!~

心理セラピストが語る!『他人のせいにする生き方』とは?~自分の心の声を聴け!~

生きるには、「健康」「生きがい(やりがい)」「お金」が必要

よく求人などで「やりがい、あります!」「一緒に夢を共有しませんか!」あるいは「仲間と一緒に困難を乗り越える楽しさを味わってみませんか?」「それをする事で箔が付きますよ!」というありふれたキャッチ・コピを目にした事があると思います。

これ、大したことが書いてあるようには思わないかもしれませんが、ここには計算しつくされた裏があります。全部が全部ではありませんが、これらのワードを多用する人はたいていの場合「無料ですが…」とか「給料は安いですが…」とか「ボランティアで…」とか、無料もしくは格安のマンパワーを募集しているのです。

だったら「お金なんていらない!欲しいのはやりがいだ!」とか「儲からないかもしれませんが、一緒に夢を共有しませんか?」とか「無一文でも仲間と一緒に困難を乗り越える楽しさを味わってみませんか?」とか「私たちの活動は世界に認められています!確かに金銭的価値はありませんが、それをすることであなたのイメージアップは確実です!箔が付きますよ!」と正直に、無償労働である旨を言い切れば良いのです。ボランティアにしても、最初からボランティアであることを強調してあれば良いですが、曖昧に書かれていると、もしかしたら何らかの報酬があるかもしれないと思ってしまうかもしれません。

と、書くと「TATSUMIさんは、何でもお金、お金って、お金のことばかり言っていますね!心が貧しいんじゃないですか?」と言われそうですが、それも踏まえて説明します。

僕たちが生きて行くためには「健康」「生きがい(やりがい)」「お金」が必要です。少なくとも現代の社会ステムでは、必須項目だと思います。

しかし、僕たちは歴史的影響なのか文化的影響なのか、お金の話を何処かでタブー視しすぎている傾向があります。

同時に、世の中には『奪う側の人間』と『奪われる側の人間』が確実に存在しているのも事実です。理想を言えば『Win-Win』だったり『Happy-Happy』だったりしますが、これは残念ながら現時点では日本に限らず、まだそれほど浸透していないようにも思えます。

となると、捻くれていると思われてしまうかもしれませんが、僕たちはまず「お金」に対する価値観はしっかりと持っていなければなりません。お金に支配される生き方は最低ですが、お金の事を口に出してはならないことはないということ。黙っていたら、搾取される側になってしまう危険性が潜んでいるということ。これはしっかり覚えておいた方が良いです。

「他人のせいにする生き方」を望んでいる?

やたら「やりがい」を口にする人は、自分だけは何故か良い服を着ていたり、良い車に乗っていたり、良い家に住んでいたり、やたら旅行写真をネットにアップしていたりしませんか。でも、こんなふうに思った事は無いですか。

「やりがいを共有している数え切れない程の仲間がいるはずなのに、一部少数の仲間以外が裕福に暮らしているという情報が入って来ないのは何故?」とか「集合写真でみんな笑顔に写ってはいるけれど、中心人物以外は何処か痩せこけていたり、見た目が貧層だったりする…」とか、そのような違和感。

確かに、生きて行くという事は決して楽な事ばかりではなく、人生にはリスクが付き物です。何かを得るためには何かを代償にしなければなりません。それに世の中に絶対などという事は絶対にありません。だから「やりがい」とか「生きがい」というヴィジョンはとても大事です。それらのヴィジョンを明確にしてこそ幸せが訪れるであろう事は周知の事実ですし、僕も同感です。

しかし、『搾取する側』の人間は「自分が生き生きしている姿」や「自分が儲かっている姿」や「自分がウキウキワクワクするマインド」は話しますが、安易にそれに共感してしまうのは考えが甘すぎます。それは、その人の人生であり、その人の価値観であり、必ずしもあなたと同一の価値観だったり条件だったりするわけではないのです。そして『搾取する側』の人間は「感情のイメージ」にフォーカスさせて、それ以外のイメージは浮かばせないように誘導して行きます。つまり、お金にはフォーカスさせないのです。儲かるのは自分だけで良いからです。彼らは無償労働者が欲しいだけだからです。

確かにお金にばかりフォーカスしていたら、自分や他人に対する思い遣りの気持ちに意識が向かず、ビジネスでもプライベートでも、大事なモノが欠けた生き方になってしまいかねません。

「私は、夢を売りました」「私は夢を買いました」だからフェアかというと、それがフェアと言えるのはギャンブルだけで良いと思いませんか。リスクはあるけれど、具体的な詳細なビジョンがある。あるいは具体的なゴール設定がある。そういうものならリスクを取る価値もあると思います。しかし、「それっぽさ」(曖昧なイメージ)だけを植え付けられて操られるだけの人生って虚しくは無いでしょうか。

では、何故僕たちは、そういう単純な罠に陥ってしまうのでしょうか。それは、僕たちの心の中に「他人のせいにする生き方」を望んでいるところが少なからずあるからです。どういうことかというと、自分ではリスクを取りたくない。だから、最悪の場合、リスクの責任を自分以外の誰かのせいにしたいということです。

だから『成功者ふうの誰か(搾取する側)』のリーダーシップに過度な期待と依存をして、「この人の言う事を聞けば絶対に大丈夫」と思いこもうとしてしまうのです。そして、思い通りに事が運ばなくなって来ると、「私は騙された!」「私は被害者だ!」と自分を正当化しようとする心理が働いてしまうのです。これって、実に悲しい生き方だと思います。

繰り返しますが、人生にリスクは付き物です。だからこそ、僕も、あなたも、他のみんなも『Win-Win』だったり『Happy-Happy』だったりのマインドを意識しなければならないのです。「私さえ良ければOK」とか「責任は取りたくない」とか、そういう発想の人と、何かをすると、お互いのためにならなのです。

幸せとは、自分と自分以外の人の心身が健康で満たされている状態のことなのです。