大天使のお茶の間スピ教室 「日常生活編:おしゃれ」

大天使のお茶の間スピ教室 「日常生活編:おしゃれ」

おしゃれを楽しむということ

今回は、前回のお化粧に続いて「おしゃれ」についてミカエル君にチャネリング会話で聞いてみました。
僕:→シフォン
ミ:→大天使ミカエル君(ミカエル君は自分のことを「ボク」と言います)

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ミ:「自分を美しくしようと思って、一番手っ取り早い行動は、服装などを変えることだ。これはどこの国でもどんな文化でも同じ。ただ違うのは、美しさの基準だけだね。」

僕:「そうだね。国によっても個人によっても違うよね。」

ミ:「そう。だけど人間(特に日本人)は、周囲と合わせたがる傾向が強い。
自分らしく生きたいと願いながらも、みんなと同じでは嫌だという矛盾を持っている。
結果的に、流行を追い求め続けたり、無難な服を選んでばかりってことも少なくないだろうね。」

僕:「就活なんてみんなそんな感じだね。みんな同じ服・同じ髪型・同じ説明・・・。
まぁ真っ赤なスーツで面接ってわけにはいかないけど、日本は個性をつぶすような部分があると思うんだ。」

ミ:「誰だって、好きにおしゃれを楽しんでいいはずだ。どんな服も、どんな小物を使っても、どんなメイクでも、どんな髪型でも・・・。それがその人の自己主張になるからね。
だけど、日本では、“大きく外れること”を良しとしない。
個性よりも、全体の足並みを重視している傾向が強い文化だ。
本来、おしゃれとは自分の表現だ。なのに、周囲の評価を気にして思い切りおしゃれを楽しめない人も大勢いる。
特にやっかいなのが、服のセンスが無い人をバカにする風習だ。
もちろん服装にも組み合わせがあり、美しい方がいい。
だけど、そんなのは個人の自由。その人がおしゃれになりたいのなら、そうすればいいだけなのに、人は他の人の服装をチェックし、評価し、時にバカにする。そういう番組まである。
これも、ある種のいじめだと僕は考えるね。」

僕:「そうかなぁ。こういう組み合わせが良いですよって教えてくれているんじゃない?誰だって見本があった方がわかりやすいからさ。」

ミ:「そうだね。それは一理あるよ。メディアをつかって勉強するのも良いことだ。
だけど、ボク(ミカエル君)がここで言いたいのは、人を見下す姿勢だ。
頭の良い人が、成績の悪い人を見下す。お金持ちが貧しい人を見下す。そういったことを露骨に言えば、周囲の非難を浴びるよね。人間として言ってはいけないことだと。
なのに、ファッションに関しては、みんな平然と他者を評価する。相手が意見を求めているならともかく、勝手にファッションチェックして、評価し、アドバイスするのは押しつけだよ。
相手を導いているつもりかもしれないけど、見下しているようにボク(ミカエル君)には感じるんだ。

おしゃれは、本人が楽しむものだ。自分をより美しくしようといろいろ遊ぶものだ。
でもそこに“正しさ”を持ち込むことが、ズレているんだよ。

もっと自由におしゃれを楽しんでほしい。もっともっと着飾ってほしい。
周囲の目とか、流行とか、常識とかばかり気にしている時は、真のおしゃれとは言わない。それはただ“評価されたいだけ(もしくはバカにされたくないだけ)”だ。
おしゃれとは、完全なる自由な自己表現だ。生き様の現れの人もいる。

どんな姿勢でおしゃれを楽しむのかは個人の自由だけど、評価されるためだけのおしゃれは控えめに。
それを意識し続けると、結局、自分よりも他者(周囲)の価値観を大事にしてしまう癖がついてしまうからね。

君達人間は、評価されるために生きているわけじゃない。
自分を表現するために生きていて、そこに結果として評価がついてくるだけなんだよ。」

僕:「ついつい何でも他者の評価を気にしちゃうよね~。
人生を楽しめないのは、主導が自分ではなく、他者(周囲)にあるからかもって感じたよ。もっと自由におしゃれを楽しめたら、人生ももっと楽しくなるかもしれないね。」

次回もお楽しみに。