心理セラピストが語る『情報に支配されない生き方』とは?

心理セラピストが語る『情報に支配されない生き方』とは?

「情報」に振り回され過ぎると
失ってしまうものがある

巷にはノウハウ本やハウツー本がたくさん売っています。テレビ番組も情報番組や情報バラエティ番組があふれています。仕事や恋愛、家事や節約術など、あらゆる事にフォーカスした情報が次々に出現しています。便利な世の中だと思います。僕もその恩恵にあずかって、手軽にいろいろな情報を得て生活の役に立てています。今は、インターネットもある時代ですので、個人間でも情報を発信し合えたりできるので本当に便利です。

知的好奇心は本当に大切だと思います。ただし注意する事が1つあります。それは『情報依存』にならないことです。
『情報依存』は専門用語ではありませんが、その名の通り情報に依存してしまう事だと解釈して下さい。

『詰め込み学習』とか『マニュアル人間』とか情報に関する言葉はたくさんありますが、それらが影響しているかどうかは厳密にはわかりませんが、与えられた情報に依存し過ぎて納得のいく情報が手に入らないと不安で不安で仕方が無い人や、それ故に攻撃的になっている人も見かけるようになってきた気がします。

『お手軽』『簡単』『簡潔』『即効性のある』『インパクトのある』というコンセプトの情報が、世間に求められているのはわからないでもありません。
「忙しい!」が口癖の人が増えている時代です。だから、できるだけ頭を使わず、心を使わず、手間も暇もかけず、自分が求める情報が一瞬で欲しい。これは僕もとてもよくわかるのです。

ただ、これはとても大事なことなのですが人間というものは必ずしも宇宙の原理原則の全てを把握する事は基本的にはできません。現代科学や現代スピリチュアルが世の中のすべてを解明できたのかといえば決してそんな事はありません。

「忙しい」を理由に既存のノウハウやメソッドだけを追い求めていたら、人生に充実感が無くなってしまうのではないかと思います。
合理的に生きた方が生活の質(QOL)が上がるのではないかと感がえる人もいるとは思います。しかし人生の深みや味わいというものは、悩み苦しんだり、考え抜いたり、ふとしたきっかけでひらめきを得たり、経験から学んだりすることで滲み出て来るのではないかと思うのです。

たとえば何かの問題や疑問を持った時に、自分の求める情報が手に入らなかったら不安になるのは当たり前です。しかし、情報を集める事も大事ですが、自分の頭を使ってみる、自分の心の声を聞いてみるという作業を疎かにしてはならないのです。

「情報が手に入った」
果たしてそれで終わりですか?

現代人はストレスに弱いと言われています。そのストレスの原因として思いつくのは『焦り』や『不安』の占める割合も多いと思います。ただ『焦り』や『不安か』から逃れるために『情報』を求めても、納得のいく情報が一瞬で見つからなかったからと言って余計に感情が乱れてしまったら、それこそ『生きづらさ』がアップしてしまうのではないかと思います。

そもそも『情報神話』も本当はある程度は疑ってかかった方が良いのです。最近話題のSTAP細胞の件などを考えるとわかりやすいと思うのですが、学者だってわからないものはわからないのです。「世の中に絶対というものは絶対にない」という言葉があります。この言葉そのものが矛盾を感じさせますが、まさにその矛盾こそが真理な気もします。

歴史だってそうです。本当に正しい歴史なんて誰が知っているのでしょうか。学校の教科書に書いてあるから必ずしも正しいとは限りません。正義の価値観だって時代と共に変わるのです。情報を求めるのも良いですが、そこで得た情報を鵜呑みにして他力本願にしてしまう傾向があるのも『情報依存』の恐ろしいところです。

仮に自分が得た情報が間違っていたらどうするのか。これも大事な問題です。情報の何を信じるかというのは、結局は自分自身の『決断』であるということも知っておく必要があると思います。

僕は、自分の発言の全てが正しいとは思っていません。僕の日々の発言に疑問を持つ方もいらっしゃると思いますし、共感して下さる方もいると思います。決して責任逃れの自己弁護と思わないで欲しいのですが、僕の発言に限らず、世の中の情報の何を信じ、何をどう活用するかは、自己責任なのです。どんなに「忙しい」と泣きたいときであろうとも、その責任から逃れる事はできないのです。