心理セラピストが考える!「情報社会」とは~情報よりも大切なモノ~

心理セラピストが考える!「情報社会」とは~情報よりも大切なモノ~

「情報社会」と「情報化社会」って同じじゃないの?

情報社会の世の中です。
おっと、その前にややこしい話をします。情報社会と情報化社会って違いはわかりますでしょうか。あるいは高齢社会と高齢化社会の違いってわかりますか。

「TATSUMIさん。いちいち細かい人ですね。同じ意味でしょう。別になんだって良いじゃないですか。何が変わるわけでもないし……」と、言われそうですが、これがまたとても重要なのです。ポイントは『化』という文字です。

『化』というのは「化ける(変化する)」という意味ですよね。「擬人化」だったら「人では無いモノが人(のような何か)になる」という意味です。つまり『化』があるのとないのではまるで意味合いが変わって来るのです。言うなれば『before-after』ですよね。

だから情報社会は情報化社会ではないのです。高齢社会も高齢化社会ではないのです。『化』(変化のプロセス)は既に完了してしまっている状態なのです。

冒頭で僕は情報社会という言葉を使ったのは「既に情報は満ち溢れている」という前提でお話をしたかったからです。

この情報社会の恐ろしいところは、僕たちにとって情報がありすぎて混乱してしまう可能性があるということです。

情報化や高齢化の話なんて、まさにそれだと思うのですが、これ、厳密な定義こそわかりませんが、いつまでも『化』を取らないと『心の在り方』が変わって来ませんでしょうか。

●情報化社会
これからどんどん情報が溢れて来て、ややこしくなってくるかもしれないね。

●情報社会
これからもさらに情報は溢れて来るかも知れないけれど現時点で情報が多すぎて正直、何を信じて良いのかわからないときってあるよね。

たった一文字の差ですが、このくらい気持ちが変わりますよね。この場合、危機感と言ったところでしょうか。

では、情報というのは少ない方が良いのかというと、決してそんな事は無いのです。
情報が少ないと言う事は『選択肢』が少ないと言う事です。だから、そんなに優柔不断になることもないのです。その代わり、『別の可能性』が無いので仮に情報が万一間違っていた場合、僕たちはみんなでその間違った情報を鵜呑みにしてしまう危険性があるのです。

情報に振り回されないためには?

世の極悪人はこの心理を巧みに利用して情報を意図的に遮断することで思考の幅を制限し自分の思い通りに人を操ろうとしている……ということもなくは無いと思います。ちなみに僕の言う情報の中には思想や価値観等抽象的なモノも含まれています。

逆に情報が多すぎると『胡散臭い情報』も増えて来ます。だから悩んでしまうのです。
何が正しいのか判断基準さえ曖昧になってしまいますし、情報というのは伝言ゲームのように広まり過ぎると本質から著しく離れてしまう可能性もあります。そうすると、その間に増殖した『変化を遂げた情報』の真偽がまた疑わしくなって来ます。その代わり、「なるほど。そう言う考え方も確かにあるよね」という具合に自分なりに新しいアイディアや価値観に情報をアップデートする事もできます。

では結論から言えば情報は多い方が良いのか、少ない方が良いのかというと、僕にはわかりません。厳密に言えば、「どちらでもいい」が正解かなと思っています。

僕は、今こうして原稿を書いているように情報発信者の立場にあります。逃げの口実にするつもりはありませんが、僕の書いている情報を信じるか信じないかは、あなたの自由で良いと思っています。むしろ、疑問を抱いたり、もっと良い情報や価値観を生み出して世に広めてくれたらもっと嬉しいです。

情報はなんでもかんでも鵜呑みにすると、危険です。考える力が低下してしまうからです。情報に流されてしまっては意味がありません。情報は、自分の持てる五感(or六感)をフル活用して自分自身で集め、識別し、場合によっては削除し、再構築し、そして信じ、活用するかが大切になって来ます。決して「●●さんが言うから……」では済まされないのです。自分の情報処理能力や感性、知性が重要なのです。

情報はとても大切です。しかし、情報よりも大切なモノがあります。それは「心の在り方」です。自分自身は、その情報に対し「何を感じたか?」「どう解釈したいと思ったか?」「その情報をどう活かすか?」という心の在り方なのです。そして情報を決断する心のパワーも大切です。

情報の判断、解釈、決断はあなたに委ねられているのです。しかし注意して下さい。もしもあなたと情報の認識が異なる相手と出会った場合、異論・反論をし、自分の情報(意見)が如何に正しいかを強調し、押し付け、挙句の果てに相手の人格さえも否定する…ではだめなのです。何故なら、相手の心を尊重していないからです。自分と違う情報がすべて間違っていると安易に決めつけたり、人格否定につなげるのは、それこそ情報に支配されてしまっているのです。

大切なのは、自分や他人を思い遣る心です。忘れないでください。