「カレワラ物語」PART.1~サンタ・ムーミン・オーロラだけじゃない!フィンランドの底知れぬ魅力は老賢者の魔法の世界から

フィンランド文化の原点「カレワラ物語」

こんにちは、ワンネスインスティテュートのREMIです。春の映画レビュー以来久しぶりの寄稿となりました。私は2013年夏に初めて北欧の国フィンランドに招かれ、現地の方を対象に講座を行ってきました。人々と分かち合った魔法のような夏の感慨にひたりつつ、フィンランドの国民叙事詩「カレワラ物語」の書籍レビューをお送りします。

多くの人に「サンタクロースとトナカイ」「ムーミン」「白夜とオーロラ」の国として知られるフィンランド。湖と白樺の森に囲まれたこの美しく幻想的な北欧の小国はしかし、その国境を強国であるロシアとスウェーデンにも接し、それらの国々の支配下に長い間おかれてきました。フィンランド共和国の独立は1917年。民族・国家としてのフィンランドの道のりは、苦難の歴史でありました。

19世紀半ば、医師であったエリアス・ロンロートが、フィンランド民族の伝統と文化を文字に残そうと、他国に翻弄され散逸してしまったアイデンティティの断片をかき集めるかのように、いくつもの地方に伝わる伝承歌と詩を収集、自ら創作もしながら編纂し、最初の「カレワラ」を1835年に発表しました。

「カレワラ」とは、数万行の詩や歌からなる、創世神話と民話を一つにしたような長編の叙事詩で、日本人にとっての「古事記」にあたるものと言えるかもしれません。ロンロートのカレワラは、多民族からの圧政による支配を受け続けてきたフィンランド人に民族意識の高揚をもたらし、さまざまな音楽家や芸術家にも影響を与え、独立へ多大な影響を及ぼしたと言われています。

今回のレビュー書籍は、フィンランド文化の原点といえる「カレワラ」を、フィンランドの子供のためにわかりやすく、キルスティ・マキネンが著したものです。

「カレワラ物語」の主人公は、生まれながらに賢い魔法使いの老人ヴァイナモイネン。弦楽器カンテレを奏で、詩を詠み、必要なものはなんでも魔法から「歌い出し」ます。武勇を誇る英雄たちとは趣を異にして、ヴァイナモイネンは剣を振りかざして戦うのを好まない「剣より魔法」の老賢者。彼に戦いを挑む無鉄砲な若者ヨウカハイネンに対しても「お前の剣と勝負などするつもりはない。たわけもの」と呪文を唱え、魔法を使って灸をすえるのです。

カレワラ物語には、主人公のヴァイナモイネンのほかにもさまざまな人物が登場し、数多くのエピソードが詠われます。冒険と魔法に彩られたカレワラの中でも私がとくに興味深く感じたのは、魔法がどのようにして有効なのかが語られている「ヴァイナモイネンの負傷といやし」というエピソード。この中で、傷を癒すための呪文を思い出せないヴァイナモイネンに、老賢者が「物事の起源が明らかになれば、悪事は勢いを失い、効力も失う。だから鉄の起源がわかれば、斧による傷をなおすことができる」と語ります。

これは、深く本質的で、普遍的な知恵をさりげなく提示しているといえるのではないでしょうか。老賢者は、ものごとの起源を知ることができれば、その影響下にある物事を癒し、本来の状態へと回復しうるのだ、と言っているのです。

カレワラの神話世界では、魔法は「ものごとの成り立ちの知恵に力を与えられて初めてその効力を発揮する」。ヴァイナモイネンは数々の難局を魔法によって飄々と乗り越えていきますが、彼が最強の魔法使いであるのも、世界がどのようにして出来上がったのか、最古の知恵に通じた賢者であるから、というわけなのです。

今も当たり前に根付く「魔法の知恵」

興味深いことに、私がヘルシンキに滞在している間、ラップランドの若者と接する機会がありました。彼らの部族について話を聞いていたとき彼がこう言いました。「シャーマンの老人はすごい。たとえ自分が遠くにいてケガをして流血したとしても、彼に一本電話をすれば、呪文を唱えて血を止めてくれる。」カレワラに歌われたような「魔法の知恵」が、今も脈々と受け継がれているという事実に驚かされます。

カレワラは「詩」と「歌」であるため、原語であれば韻律なども楽しめると思いますが、和訳で読む私たちにとっては、その詩らしい表現がストーリー自体の分かりづらさにつながることもあります。けれどキルスティ・マキネン著の「カレワラ物語」は、「フィンランドの子供のための」という原著副題のとおり、子供にも分かりやすく書かれ、言語や詩の形式になじみのない読者も、すぐにストーリーを理解できるようになっています。

私はフィンランド行きの準備のためにこの本を読んだのですが、読み進むにつれ、まさに宝石箱を発見したような気持ちになりました。遠くて幻想的な国フィンランドの魅力の源泉に触れるのに、そして魔法と冒険に彩られた神話世界に親しむのに、これほど適した書籍もないでしょう。人々にフィンランドという国や文化に興味のある方も、旅行をお考えの方も、ご一読されることを心よりお薦めします。