SAM前世療法士が贈る「魂の記憶たち」PART.31~純粋無垢な少年に学ぶ~

SAM前世療法士が贈る「魂の記憶たち」PART.31~純粋無垢な少年に学ぶ~

魂の声を聞くことに特化したカウンセリングを行っている癒しのマリアです。
純粋無垢な心を持った少年K君。彼はテレパシー能力が異様に高い大天使のような男の子です。彼と出会ったことで、私のなかで多くの気づきや学びが生まれました。今回は私が感じた精神界についてのお話しをさせていただきます。

3秒で見抜く相手の心

大天使のような少年K君に出会ったきっかけは、彼のお母様が癒しのマリアにお越しになられていらっしゃったからです。「ピンポーン」と呼び鈴が鳴り、いつものように「どうぞ〜」と声をかけると、玄関のドアがスーっと開きました。そこには、初めてお目にかかる若い少年が。彼を見た瞬間「純粋無垢」な心の波長を一気に感じました。

私は心理カウンセラーとして活動していますので、精神的な傾向を感じる能力は長けている方であります。
人は出会って3秒、瞬間にその人の内面が現れるものです。
初めて出会う体験の場合には特に心の状態が現れます。
皆さんも、日常的に相手の雰囲気を瞬時に感じていますよね。
「良い感じの方」
「ちょっと冷たい感じの方」
「明るい方」
「考えが固そうな人」
よく話してもいないうちから、その人の「何か」を感じることってあるでしょう?
彼から感じた瞬時の雰囲気は、正に「慈愛の精神」でした。
悪ぶれることもなく、良く見せている訳でもなく、どんな人なのか探ろうとする心理もなく、まるで野に言葉を発しないで咲いているチューリップの花のようでありました。

近年増えているテレパシー能力を持った人たち

私はSAM前世療法を通じて多くの魂と向き合ってきました。
そのなかでも、特に目立ってきた「転生の浅い魂」にみられる純粋無垢な気持ち。特徴としては「何で?なのか」の問いには「……」。
つまり、どうして?と過去の記憶を頼りに今起きている現象を理解していくような問いには、「深く悩んだ末に、わからない」そう答えが返ってくることが殆どです。発達や適応の傾向と捉えられることも多いので、保護者の方は深く悩みを抱えてしまいます。家庭では、「どうして出来ないの!」「何で分からないの!」「いい加減にして!」「良く考えて!」「駄目って言っているでしょう!」というように、親御さんは感情的に怒ってしまうこともあるでしょう。

「一般的に考えたら」「相手の事を考えたら」という概念が、人生経験の記憶が少ない魂である彼らには理解ができないことが多いのです。
「何故、この人は声を張り上げて怒っているのか?」
分からないばかりか、相手の感情を繊細に感じ取り深く傷つきます。ですから、心を閉ざしていくことも多いのです。近年増えている「テレパシー」でやりとりをする人たちは、言葉を超えて相手の感情を感じ取る感覚が異様に高いことが特徴です。

コミュ二ケーション力を高める

コミュニケーションは本来、感じ合うものです。
相手に対して言葉による伝達の影響は全体の20%しかありません。あとの80%は感じること、つまり「雰囲気」に集約されています。その人から醸し出される雰囲気を感じながら私たちはコミュ二ケーションしているのです。
近年、話題になっているコミュ二ケーション能力の低下。人間関係をどう良くして行くのか? 相手に良い気持ちを与える学びなど、大手の起業さんが研修としてバンバン取り入れています。それは、現代社会が抱えているコミュニケーションがバーチャル化している現れでもあります。

メールであれば言葉の羅列を並べれば良い訳ですが、対面になると同じ言葉の羅列でも一人ひとり与える雰囲気が全く変わってきてしまいます。いくら頭が良くても、伝える雰囲気が「冷たい」ものであれば良いイメージは与えられません。

その人の精神的傾向が声のトーンや表情に現れる訳です。顔の筋肉は心と密接につながっているので、つくり笑顔は相手に分かってしまいます。ですから精神面が表に現れているということになります。

無理に顔の筋肉は動かせません。
では、何が必要かといいますと、それは「感情」です。「どんな感情で向き合っているのか」「どう思っているのか?」が顔の表情を動かす筋肉に現れるのです。ですから純粋無垢な彼を一目見た瞬間に彼の持つ「慈愛の精神」を一瞬にして感じた訳です。

これから重要視されるであろう、心の在り方

人は自分が安心できると、心を開こうとする状態に向かいます。
自分の心を見直して、オープンハートで人と接することができたなら、今より平和で、お互いを共に支え合うような素敵な世に生まれ変われるのではないでしょうか。これからは、テレパシー様の能力が高い子供たちがどんどん増えてくるかと思いますから、その子供達が気持ちよく生き生きと愛を感じながら生きられる世の中に少しずつでも変わって欲しい。
私は切に願っています。