伝心の法則~ある偉大な老人の教え PART.10 空が法則 法則が空

伝心の法則~ある偉大な老人の教え PART.10 空が法則 法則が空

仏教的アドヴァイタ

修行者が、もし修行のコツを知りたいなら、ただ、心にたった一つのものも、くっつけてはいけないということだけだ。

「仏の真実の法則は、空である」と言われている。これは、法則は空であり、空が法則そのものである、という意味である。

しかし、世間の人は、法則が空に満ちていて、空の中に法則があると思い込み、空がそのまま法則であり、法則がそのまま空であるということがわからない。

もし、空が存在していると言うなら、空は法則ではなくなる。もし、法則が存在していると言うなら、法則は空ではなくなる。

空とはこういうものであるという解釈をしてはいけない。空が法則そのものである。

法則とはこういうものであるという解釈をしてはいけない。法則が空そのものである。

空と法則は、別のものではない。仏と人間も別のものではない。生死のあるこの世と、生死のないあの世とは別のものではない。悩みと悟りとは別のものではない。一切のイメージを離れることが仏なのだ。

(日本語訳は、「伝心法要・宛陵録」入矢義高著 筑摩書房刊 を参考にさせて頂きます)

〔解説〕
ここでは、法則と空というふうに現代語訳しました。原文は、法身と虚空です。
法則というふうに訳すと、微妙にニュアンスがずれるのですが、この宇宙の秩序というニュアンスを入れるために、あえて法則という言葉を使っています。また、虚空よりも、空のほうが、空にまつわる誤解について理解しやすいかなと思って、空という言葉にしました。

希運によれば、空というものはこういうものである、こういう仕組みである、こういう構造である、こういう定義であると決めた瞬間に、それは空ではなくなると言っているのだと思います。
それは、空に対するイメージや解釈であって、そんなものは空ではない、ということなのでしょう。

同様に、法則というものも、こういう法則で、このように作用すると単純に決めることはできないものであるということだと思います。宇宙の秩序というのは、人間のシリアルな理解を超えていて、超並列処理の量子コンピューターのようなシステムなので、単純にこういうものであると定義できないのだと思います。

ですから、空の中に法則があると言ってしまったら、空という定義と、法則という定義が同時に出現してしまうため、どちらも間違いになってしまうということなのかもしれません。

空がそのまま法則であり、それはイメージできるものでも、理解できるものでもない、ただすべてが空であり法則そのものなのだということだと思います。

人間や仏の区別、この世とあの世の区別、煩悩と悟りの区別なども、人間の脳がシリアルに現象を処理しているだけのことであって、真実はそんな直線的な理解を超えたものであると言いたいのだと思います。

でも、言語そのものが、シリアルなものなので、言語でそれを表現するのは根本的に不可能ですね。直観で感じるしかありません。

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