海猫屋の「不思議なことなどなにもない!」いやいや癒してないですから PART.3

海猫屋の「不思議なことなどなにもない!」いやいや癒してないですから PART.3

「癒される」って一体何?

涙で顔をグシャグシャのしつつも、その人はにっこりと笑ってこう続けました。

「癒されました……」

そのとき私は間髪いれずこう答えていました。

「いやいや、癒してないですから!!」

自分で発した言葉にハッとしました。そうなのです、私は癒してなどいません。そもそもリーディングを始めてから「癒そう」などと考えたことは一度もありません。なぜなら私自身、この「癒す」という言葉の定義をよく理解できずにいたからです。
しかしこの瞬間これだけはわかりました。もしここで「癒し」が起きていたとしたら、彼女の言葉は「私、変わります」だったはずです。

なんともいえない気持ち悪さを感じたので、外の風にあたろうと表に出ました。そして外から戻ってきたとき、私は目撃してしまったのです、他のブースで泣きじゃくっている先ほどの人のその姿を……。

「あれが癒しなの?」

そういえばCさんもよく「癒された」という言葉を使っていました。会う度にリーディングを頼まれたものです。私は「そんなにしょっちゅうカードを引いても意味ないですよ。」と答えていたのですが、Cさんは「私が癒されるからいいの」と言っていたものです。
いろいろとアドバイスを伝えたつもりだったのですが、Cさんがそれを実行する様子は一切なく、ただ出たメッセージに「癒された」を繰り返し、涙するときも多々ありました。

「さっきの彼女といいCさんといい、人の話なんてまったく聞いてないよね? 行動を起こす気なんてないよね?だのになんで泣けるの?どこが癒されたっていうの? これってなんだろ?これって……依存?」

得体の知れないイヤな感覚の正体は「依存」だと思いました。

さきほどの彼女の場合、占いに依存していたのでしょう。アドバイスが欲しいというよりも、占ってもらう行為そのものに頼りきっているのだと思います。
ではCさんの場合はどうだったのでしょう?最初は信頼だったのかもしれません。しかしそれがどこからかリーディング依存になってしまっていたのだと感じました。しかし……

そうさせてしまった原因は……私ってこと???

ふっとミカエルがこうつぶやきました。

「信頼と依存の線引きってのは、それぞれの問題。させた方だとか、した方だとか、どっちが良いも悪いもないんだよ。依存しなきゃ生きていけない人間はいる。逆に依存されることで生きていける人間もいる。でもそれは各々自分で気づいて断ち切らないことには、俺らにもオマエにもどうすることも出来ないんだ。」

信頼と依存の線引き、自分で見極め決めるしかない曖昧すぎる境界線。
私がどんなに警戒しても依存する・しないは相手の勝手。それを最初から断ち切る方法はなさそうです。
そして「癒し」とは一体なんなのか?

そんなとき私は「レイキ」と出会います。