大天使のお茶の間スピ教室 「日常生活:あいさつ編」PART.1

大天使のお茶の間スピ教室 「日常生活:あいさつ編」PART.1

「愛」の対極は「無関心」。あいさつの本当の意味とは?

いつもはモロスピリチュアルな内容の解説をしていますが、ちょっと趣向を凝らして、僕達の日々の生活をスピリチュアル風に分析&解説してみたいと思います。
まず最初は、「あいさつ」についてミカエル君にチャネリング会話で聞いてみました。
僕:→シフォン
ミ:→大天使ミカエル君(ミカエル君は自分のことを「ボク」と言います)

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ミ:「日々の生活をスピリチュアル的に理解することには大きな意味がある。現在はスピリチュアルと現実は異なる分野として扱われ相容れない部分もあるみたいだが、本来、スピリチュアルと現実は陰陽のごとく補い合っているんだ。
そして、現実のものをスピリチュアル的に解釈することで、その行動の真の意味を理解し活かすこともできる。今後の教育にも役立つだろう。」

僕:「それじゃあね~、まず今回は“あいさつ”からいこうか。」

ミ:「あいさつは、人間社会の最も基本的な営みの一つだ。だがここで大事なのは、本能的ではなく、社会的な意味があるということだね。
現代の家庭では、子供にはあいさつの必要性を説いておきながら、自分はほとんどしていない親が大勢いるのは悲しいことだ。でもそれはあいさつの真の意味を知らないからだよ。」

僕:「その意味を教えてちょうだい。」

ミ:「スピリチュアルでは愛を最も重要視しているけど、その反対は何だと思う?」

僕:「う~ん・・・。悪とか、暴力とかかな?」

ミ:「違うよ。愛の反対は無関心(無視)だ。悪とか暴力は行動としては良くないけど、相手の存在を意識しているだけ、まだ愛の行為なんだよ。」

僕:「悪が愛の行為ってのは、おかしくないかい?」

ミ:「愛にはいろんな意味があって、君達人間は、“愛=善”というレベルでしか考えようとしない人もいる。確かにそれでもいいんだけど、真の愛は、あらゆること(もの)の受容(肯定)だ。その受容したものを自分の中でどんな風に分けてもいいんだけど、まずは存在を受け止めることが愛なんだよ。
そう考えれば、愛の反対は無関心(無視)となる。つまり相手の存在そのものを肯定しないことさ。

そこであいさつの話になるんだけど、あいさつとは、相手に対し“あなたの存在を認識(肯定)しましたよ”という合図なんだよ。
あいさつの形は国や文化で異なるけど、そこは問題じゃない。大切なのは、その意識だ。

あいさつをされると犯罪が減る!?

もちろん現代では、通りすがりの人や関係ない人にまで無理やりあいさつする必要はないけど、ちゃんと出会った人同士なら、あいさつするのは当然のこと。そこであいさつをしないというのは、相手の存在を否定(拒絶)しているも同じなんだよ。

おはよう・こんにちは・こんばんは・おやすみ……。
他にもいろんなあいさつがあるけど、それらはお互いが一緒に社会に生きている証でもあるんだ。
実際、あいさつ一つされるだけで犯罪意識が減るということもある。それは犯罪をしようとしている時は思考が混乱している(もしくはよくない方向へ向いている)んだけど、あいさつをされることで、“自分が認められた=愛された”と魂が認識し、心も思考も一瞬“愛”を思い出すからさ。
それぐらい、あいさつには大きな効果があるんだ。

街を歩いていて子供が元気よく笑顔であいさつをしてきたら、嫌な顔をする人はほとんどいない。
でも、もし自分があいさつしたのに相手に無視されたら、不快を感じる人は大勢いる。

現代社会はコミュニケーションが希薄になり、ネットの画面中心のやりとりが増えてきた。
その結果、あいさつもまともにできない若者も増えている。
あいさつは面倒くさいと思いながらも、自分は愛されたいと思うのは、“エゴ”であり、傲慢な考え方だ。

あいさつは、人間が知的生命体として社会活動をしていくのに、そしてみんなで幸せな世界を築いていくのに、最低限必要なものの一つだよ。
会釈程度でもいいから、あいさつを心掛けてね。
あいさつはコミュニケーションの入り口なんだ。」

次回もお楽しみに。