ライフスタイルデザイナー高橋克彰の“ウェルネスのセンスを磨く” PART.27~予備自衛官の訓練に参加してきたお話から

ライフスタイルデザイナー高橋克彰の“ウェルネスのセンスを磨く” PART.27~予備自衛官の訓練に参加してきたお話から

なんで予備自衛官?

今回はウェルネスとは少しそれたお話から。
先月の上旬、ぼくは初めて予備自衛官の訓練に参加してきました。予備自衛官とはなんぞや?という人も多いと思うので簡単に説明しますと、日本の自衛隊は陸・海・空あわせて約14万の兵力(2013年防衛白書より)を有していますが、万が一不測の事態が起きたとき現兵力では足りなくなることがあり、そのときに備えて一般の民間人を予備の自衛官として訓練しておき、すぐに兵力の拡充ができるように備えておく仕組みです。世界各国どの国でも予備役があり、ここ最近ではウクライナへのロシアの介入により、ウクライナでは予備役全員に招集がかかっています。一般的には現役を退いた退役軍人が予備役軍人になることが多いですが、日本では自衛官経験のない人でも予備自衛官になることができます。

ぼくが今回なぜ予備自衛官に参加することにしたかその経緯を少しお話しますと、きっかけは2011年3月11日の東日本大震災です。災害直後、会社の仕事として安否情報のアップデートを手伝ったり、復興支援で東北に何度も行かせてもらいましたが、現役の自衛官であるぼくの同期は被災地で必死の捜索や災害復旧にあたり、またある同期は市ヶ谷の本部で2ヶ月間も家に帰らず張り付いていました。同じ釜の飯を食って大学時代の苦楽をともにした仲間のことを聴き、同時に、ぼくは一度は国に忠誠を誓った身でありますし、国と国民のみなさまに育てられてここまで成長してきましたから、自ら率先して何か少しでも国と国民のために身を捧げたいと感じ、予備自衛官のことを思い出し参加するに至ったんです。

すごく余談的な話ですが、ぼくはもともと海上自衛官でしたが、陸上自衛隊の予備自衛官に入ることにしました。陸自は一からのスタートなので、新隊員と同じ扱いで一兵卒からスタートすると思っていたら、退官したときの3尉(少尉)の階級がそのまま引き継がれるんですね。なので訓練中は予備自衛官の部隊の小隊長になっていて・・・。がちょーんですよ。自衛隊は8年ぶりで、陸自は初めてで右も左もわからず、なのに小隊長になっているんですよ・・・。でもその立場に就いたらやらなくちゃいけないので、別の小隊長や同じ隊の隊員に助けてもらいながら、なんとか5日間訓練を終えました。人をまとめたり、指揮したりするのは大変だと久々に感じたわけですが、どんな苦しい状況でも必ず助けてくれる人がいるんだと感謝の念を抱きました。
訓練内容はどれも基本的な内容で、部隊としての基本行動や、射撃訓練、格闘訓練、体力錬成訓練などなどでした。
これまで自衛隊経験のない方で予備自衛官に興味のある方はこちらをどうぞ。

なんのために生きているのか?

予備自衛官の訓練に参加するちょうど1週間前くらいに「永遠の0」を観ました。内容の賛否、そして太平洋戦争の歴史観は人それぞれ異なりますのでここでは述べませんが、この戦争が善悪どうであれ間違いなく言えるのは、この戦争で亡くなられた方々は国のために、家族や友人や愛する人の無事と幸せを祈って、その人たちを守るために戦場に散っていきました。

では人はなぜ生まれてくるのか?

今この哲学的な究極の問いかけをされたら、「幸せになるために生まれてきた」とぼくは答えます。
では、その幸せとはなにか?
それは、「愛する人を守れている実感」ではないでしょうか。
「人は結局のところ自分以外の人のために生き、そして死ぬ」とぼくは思っています。
これは己の欲を断てと言っているのではありません。自己の欲は生きるための大事なモチベーションです。ぼくも欲だらけです。物欲が大好きですし、お金も大好き。でもその己の欲の先にあるものは必ず「愛」です。
己の欲求だけ満たされて終わる人生ほど虚しいものはありません。

自分自身を満足させられていないぼくが言うのも本当に恐縮な話ですが、人の生きる意味はやはり自分以外の人のために尽くすことが根っこにあると思うのです。

そう考えると、心の在り方のベースは「感謝の心」だとぼくは思います。
ぼくが今この世に生きていられるのは家族、友人、ぼくを取り巻く数えきれないたくさんの方々、そして日本国のおかげです。今の平和な日本があるのは己を犠牲にして戦ってくださった方々のおかげと思うと、感謝の心を抱かずにはいられないのです。

感謝の心は健康の源

健康の定義をもう一度振り返ってみましょう。(PART.2に書きました)

“Health is a dynamic state of complete physical, mental, spiritual and social well-being and not merely the absence of disease or infirmity. “
(健康とは、単に病気や病弱な状態でないことではなく、肉体的にも、精神的にも、霊的にも、そして社会的にもすべてが満たされた状態である。)

この中で「霊的」という表現があります。英語ではスピリチュアルですが、この言葉は今の日本人にはどうもなじみがなくて解釈が難しい。「なんか怪しい」とさえ思う人もいると思います。ぼくもスピリチュアルや宗教観にはまだ疎いので正確に答えることはできませんが、「在り方」「根っこにあるもの」「人として生きる軸になっているもの」とぼくは解釈しています。すなわち霊的健康とは「感謝の心が軸にあるか」だと思うのです。

感謝の心が常にあれば、精神的に安定した状態になり、精神が安定すれば身体の機能は正常になっていくと同時に、人との付き合いも良好になります。肉体的・精神的・社会的健康のベースになっているものは霊的健康です。
怒りや嫉妬のようなネガティブな感情が沸き起こることもあります。感情を持った人間ですからそれはしごく当然のこと。そんなネガティブな感情があることも認め、感じとってみてください。それもまた人間なんです。
感謝の心は健康の源である。
常に感謝を気持ちを忘れないで生きていきたいとぼくは願うのです。