『心理セラピスト』が語る!「唯一無二の大切な存在」とは?

『心理セラピスト』が語る!「唯一無二の大切な存在」とは?

「自分」という存在を改めて考える

人は人間であると言う共通点はありますが、まったく同じ人間というのはこの世に1人もいません。おそらくあの世にもいません。双子であろうと三つ子であろうとまったく同じ人間ではないのです。

僕たちはそういう前提条件の元でこの世に生を受けます。もしも私という存在が、あなたという存在と同一だとしたら。もし私という存在が彼という存在と同一だとしたら。そうだとしたら、私という存在は単一な存在という事になります。しかし、まずそんなことはありません。

私は私であり、あなたと同一の存在でも無ければ彼と同一の存在でも無いのです。私という存在は唯一無二の存在なのです。

だから私という存在はとても貴重であり尊い存在なのです。たとえ今、この瞬間に自分自身という存在が好きではなかったとしても、それでも私という存在は他の何物にも代えられない大切な存在である事には変わりないのです。とても愛おしい存在なのです。

今の世はとても複雑で、自分自身を、つまり私という存在そのものが何なのかわからなくなってしまい、自分を見失ってしまう人が本当に多いです。

他者と比較する事で自分という存在を確認しようとするあまりに、気が付けば物事を優劣で判断するようになり、私という存在が他者より何かで秀でていなければそれを無価値と思い込んでしまう。これは非常に恐ろしい事です。

自分を無価値と思ってしまう事程、生きていて辛いと思う事はあまり無いかもしれません。にもかかわらず、そのように思いこんで必要以上に苦しんでいる人は日に日に増えているようにも思います。

では何故、何物にも代えがたい唯一無二の私という存在を無価値と思い込んでしまうのでしょうか。
これは劣等感の仕業です劣等感とは他者と比較して自分自身を劣っていると思い込む状態の事です。

つまり比較が劣等感を生み出しているのです。
では比較対象である自分以外の存在が無くなれば自己肯定感が溢れだすのかというと、それも違います。何故なら少なくとも人間である以上、他者なくして自分の存在を認識する事は極めて困難だからです。そう考えると、他者というのは私という存在を認識するための感謝すべき対象でもあるのです。

他者と比較して優劣で私という存在の価値を決めるのではなく、私という人間の価値は私自身が決めて慈しみ、他者に感謝し貢献する。このスタイルを定着させれば自ずと無駄に自己否定する必要性は減って来るはずです。

とはいえ現代社会は他者と比較し優劣をつけることが暗黙の条件になってしまっていると言う現実もあります。
だからと言って競争のすべてを無くせば良いと言う事が言いたいわけではありません。競争原理が向上心を引き出し、私という存在を成長させるのもまた事実です。ただ、競争するにしろ比較するにしろ、人格を否定する事とはベクトルが異なると言う事を知っておいた方が良いのです。
比較も区別もあって良いですが、それらが差別でなければ良いのです。
大切なのは私という人間が如何に無価値であるか嘆く事ではなく、私自身の現在の立ち位置を客観的に分析し、そこにマイナスの感情を入れず、何処に向かって進みたいのか、どのように成長したいのかを想い浮かべ、明確にすること。そして行動する事なのです。

時には自分を見失う事もあるでしょう。それはそれで良いのです。何故なら私たちは人間だからです。人間は神様ではなく万能でも無いのです。自分を見失っても、自分を取り戻せばそれほど問題にはならないのです。

よく「忙しい」と口癖のように言う人がいますが、このタイプの人ほど、自分を見失いやすいです。だから、時には立ち止まると言う事も覚えておいて下さい。

自分を否定するのではなく、自分を知ること。これが出来れば自己肯定感は徐々に上がって行きます。難しければカウンセラーやセラピストの力を利用して下さい。

そして唯一無二の私という存在を最大限幸せに導いてあげて下さい。