エンジェル・セラピスト®夫婦のスピリチュアル子育てPART.16~赤ちゃんは何でも感じている 父子地続き(潤治編)

エンジェル・セラピスト®夫婦のスピリチュアル子育てPART.16~赤ちゃんは何でも感じている 父子地続き(潤治編)

勇気を出して「JOY楽しむこと」を選択する

小学生の頃、心理学というものに出合い、家族というものが子供の育成に非常に大切なものだと理解しました。

子供の育成には母親の情緒の安定が大きく影響を及ぼし、母親が安定するには、父親の助けが必要となる、ということでした。
そのどちらもなかった僕にとって世間の子育てをする人たちは、自分とは関係の無い世界の人たちだと思っていました。

この連載のシリーズでも書かせていただいたとおり、僕は「父親になること」にとても恐怖を抱いていました。
親としての責任は想像の世界で大きくなりましたが、妻の寛子や、メッセンジャーとして出会ってくれた人たちのおかげで乗り越えたようなつもりでいました。

しかしながら、その学びは愛娘の小葉が生まれてからも続き、その怖れと共にいながら進むのだという気持ちに落ち着いています。

あまり見ないようにしていたスピリチュアルなメッセージも、自分の魂の成長のために必要なのか、感じることが多くなりました。
このところでは、娘がどのような状態であるかは親の影響によると、時を越えて理解できることが増えました。

母子の感情は地続きだということを知識としては知っていました。
母親が悲しい気持ちでいるとその感情を赤ちゃんが感じて、愚図り始めるといった具合にです。
たしかに母親である寛子が寝不足や体調がすぐれないでいると、その日の娘のご機嫌は悪いままです。
それは隠そうと思っても伝わるもので、言葉ではなく目に見えない感情のコミュニケーションをしているのだと感じています。
親である自分がどのような状態であるのか、娘の様子から内省する必要が余儀なくされるわけです。

それは自分がどう思っているのか?という問いをし続けることでもあります。
地続きであるのは、母と子だけではなく、父と子もそうなのだと感じます。

先日も、家族3人で買い物に行くことになりました。
母子共に疲れていて、その状態を考慮すると近くのスーパーマーケットで買い物は済ませた方が良いと思うわけです。
僕の心の中では、近くの百貨店に行きたいと思っていたのですが、当然、母子の体調を考慮することを優先するつもりでした。

百貨店に行きたいという望みも忘れるくらい「今ここで一番正しい選択肢は?」という思考が僕の頭に思い浮かぶわけです。
近くのスーパーマーケットに行こうとするのですが、機嫌の良かった娘が急に愚図り出します。
なぜ?と思うわけです。
母子のためを思った選択肢を選んでいる僕を責めるように愚図ります。

ひょっとしたら…と思い、「やっぱり、百貨店に行っても良い?」と妻の寛子に訊くと、娘の愚図りがピタッと止み、笑い出します。

娘が妻の寛子に宿ったときに感じたエネルギーは「JOY-楽しむこと」でした。
家族揃って皆楽しいと思えるような選択肢を選ぶと娘は喜びます。

逆に僕が家族のためにと犠牲になるようなことを選ぶと、「幸せとは犠牲の心では感じられないよ!」ということを態度で示してくれます。

本当に家族を愛し、その幸せを分かち合おうとする時、安易に犠牲の心を選びがちな僕なのですが、勇気を出して、楽しむためにはどうすれば?と自分に問いかけていきたいと思います。
と同時にこの犠牲になるパターンは、僕の父親の行動パターンであり、彼は僕のために我慢や犠牲になることで愛を表現していたのだろうと今になって感じることができます。

我が子を愛そうと思う気持ちは、自分自身が愛された記憶を思い出す機会になってくれるのでした。