末吉愛の「あなた本来の輝きを呼び覚ます ワクワク☆ミラクル自己実現メソッド」 PART.5 ~「自信」の必要性(その2)~

末吉愛の「あなた本来の輝きを呼び覚ます ワクワク☆ミラクル自己実現メソッド」 PART.5 ~「自信」の必要性(その2)~

自己実現に必要性のない「自信」

自分の本当の内なる輝きを呼び覚まし、ミラクルを体験しながらハートがワクワクして楽しめる自己実現の方法について、連載の形で毎月お届けしているこのコラムですが、10月号は前回の続きで「自信」について書いてみたいと思います。

前回は、何か成し遂げたい、夢を叶えたい、自己実現したいと思っても、「自信」がないから踏み出せないでいることに関して述べました(前回の記事はコチラ)。

みなが何に対して「自信」を求めているのかと言えば、能力などの≪潜在的に有しているもの≫か、力量などの≪後天的に身に付けたもの≫であり、これが「自分」だと認めている「自我(エゴ)」に何度「自信」を持ちたいと望んだところで、自我」とはそもそも不完全であって100%の「自信」など持てないのだから、夢の実現に向けて行動するのに「自信」は必要なわけではないのだということを書きました(詳しくは前回の記事をご覧ください)。

一般的に認識されている「自信」がなかったとしても、わたしたちは自己実現を果たすことができます。
生まれ持った才能がなくて「自信」が持てずにいたとしても、自己実現のために「行動」することはできますし、過去にこれといった成功体験がなかったり、誰かに高く評価されたことがなかったとしても、「行動」はできるはずです。

「行動」できるかできないか、というのは、結局のところその「可能性」を計ることに意味があるわけではなく、「やるかやらないか」でしかないのであって、つまり「やる」と「決めるか決めないか」でしかありません。

「行動できない」・「踏み出せない」のではなく、「行動すると決められない」・「やると決めたくない」だけです。

そうであるなら、「やるかやらないか」に「自信」の有無は全く関係がなく――「自信」がなくったって人はチャレンジできます――、考えてみるべきは、行動できないでいる(行動しないと決めている)その理由であり、自分がやるべきだと思っているそのアクションが本当に自己実現において必要なことなのかどうかについてでしょう。

「行動」したくないのは、「保証」がないからだと言えます。チャレンジすれば必ず成功するという「保証」。自分には絶対できるという「保証」。
多くの人は、「自信」がその「保証」になると思っています。だから「自信」があるかどうかにこだわるし、「自信」があればできると勘違いしているのです。

「自信」の出所については前回触れましたが、先天的なものか後天的なものであり、たいていそれらは他者から得た評価や、誰かとの比較によって得られた優越感と関係しています。認められたり、相手に勝った場合、「自信」が持てて、「だから達成できるはずだ」と思うわけです。

「保証」を求める心に隠された罠

「保証」があれば「行動」できる。

その考え方そのものが、自我(エゴ)の好きな発想です。なぜなら、そういう「保証」というのは、どうしたって「完全に」手にすることができないからで、つまるところ、わたしたちが前進すること――正確に表現するなら「本当の自分に還ること」――を抑止できるのであり、それをこそ自我は望んでいるのです。

天賦の才。誰もがうらやむほどの容姿や豊かさ。たたき出された好成績。一流の腕。絶賛に値する結果。よく当たると評判の、占い師から捺された太鼓判。

「保証」。

これらの何が、真にわたしたちを支えてくれるというのでしょう。ときに何の役にも立たないこと。いつか「終わる」こと、いつか「色褪せる」こと。朽ちて無くなるものの一体どこが「保証」していると言えるのでしょう。「保証があれば行動できる」など、まやかしにすぎません。そんな「保証」など要らないのです。

「保証」を求める心には、必ず「怖れ」が眠っています。「失敗」することへの「怖れ」。「損失」することへの「怖れ」。
「恥をかく」ことへの「怖れ」。「時間を無駄にする」ことへの「怖れ」。

真の意味において「失敗」も「損失」もなければ、「恥辱」も「時間の浪費」も存在しないのに、そしてまだ何も起きてはいないのに、多くの人は不安を抱き、怖れ、立ちすくんでしまう。「保証」がないからできないのだと。
「保証」さえあればすぐにだって行動に移せるのにと、いつか「魔法使い」が現れることを期待して。

完璧に持てはしない「自信」や、永遠に支えてくれるものではない「保証」をどれだけ求めたところで、それらが「真の自己実現」を妨げることはあっても、本当の意味で役に立つことなどありません。
だから、もう「自信」を持つことにこだわったり、「保証」を探して回ることをやめることです。

血の滲むような思いで努力して評価を得ようとすることも、力強く太鼓判を捺してくれる霊能力者と出逢うために大金をつぎこむことも、じつにナンセンスなこと。そんなことがわたしたちを救ってくれるわけがないのだし、「真の自己実現」はそのようなことで果たされることではありません。

大事なのは、誰かと比べて得た優越感によって「自信」を持つことではなく、無条件に本当の自分の力(自我のそれではない、森羅万象とひとつの自分のソース)を「確信」することです。

これについては次号で扱ってみたいと思います。

 

 

(PART.6につづく)

 

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