『心理セラピスト』が教える!人生のどん底でも幸せと思える方法

あまり心理学にも成功哲学にも書かれていないような話をします。

正直難しいテーマだと思うので読んでいて疲れてしまうかもしれません。しかし僕は本気でこの話をしなければなりません。何故なら、あなたが本気で人生をより豊かに、そして精神性を高めたいと思っていることがヒシヒシと伝わってくるからです。だから、精神的にキツイ内容も含まれていますが、ここは何とか気合いで乗り切って下さい。

人生はどうなるかわからない

人生は、いつどうなるか誰にもわかりません。当たり前のようで、実のところよくわかっていません。ここでは前世とか、その手の概念は敢えて除外して話を進めます。たとえば、人間の努力って本当に結果につながるのかどうか。友情って本当に信用して良いのか。真面目に生きていれば満足行く人生が歩めるのか。考えたらキリがありません。逆を言えば努力しなくても運だけで物事がうまく進む人がいるのも事実です。誰かが教えてくれた教養や人生訓が必ずしも正しいわけではないのです。

ストレスのメカニズムを知る

ストレスにもいろいろありますが、ここではこのように解釈して下さい。

必ずしもとは言いませんが「ストレスとは自分にとって予測不能、対処困難・不能・理解不能な状況下に起こる」という事です。予測可能でも、明らかに自分の持てるリソースすべてを駆使しても対処困難だったり不能だったりした場合、人間はとても強いストレスを感じます。限界を越えると病気になります。

最悪な状況も存在する

たとえば品行方正に生きていたら、セオリー通りで考えたら仲間に信頼されて順調な生活が送れそうです。ここでアンチが登場して大きなイジメが起きたら。一気に空気の流れは変わります。学校でも職場でもママ友でも良いのですが、誰も助けてくれなかったらどうでしょうか。こういう時は、もはや常識など通用しないのです。良い字るしく対処困難な状況が発生するため、ストレスは通常の何倍にも膨れ上がります。

では、もう少し付け加えます。いくら品行方正でも実は日頃の仲間に対する思いやりが足りなかったのではないかと言われてしまえば、助けれ貰えなくても仕方が無いと思ってしまいます。ものすごく性格も良くて自分が仮にどんなにピンチであろうと必死で仲間を助けるタイプだったとします。それでも仲間と思っていた人たちが逃げずにイジメに立ち向かって助けてくれるとは限らないのです。

普段僕たち(特に日本人)は人に助けを求める事を良く思わないので、本気で困っている時でさえ自分自身で抱え込んで自滅して行く人が多いです。僕たちセラピストは日々「ひとりで抱え込まないでね」と繰り返し述べています。では、仮に親友と思っていた人に本気で困っていることを告白し相談したらどうなるでしょうか。残念ながら、相手にとって容易く解決できる問題であれば助けてくれると思いますが、相手にとって予測不能・対処不能な場合、それがストレスになるので、その延長で助けてくれない場合も現実問題として少なくありません。「もっと早く言ってくれたら……」等と言われるかもしれません。

ではどうすればいいのか?

お断りしておきますが、僕は人生をネガティブに捉えろと言っているのではありません。現実が必ずしも冷たいと言っているのでもありません。現に、僕自身は数々の仲間に助けて貰ったおかげで生きていられるわけですから。

人生は何が起こるかわかりません。しかし、だからと言って不貞腐れて人生を無駄にしては行けないと言う事は覚えておいて下さい。チャンスの女神と出会える確率は個人差があると思います。しかし捕まえられるチャンスは自分で作らなければならないのです。あなたの冷静な頭脳と広い心で、そして勇気を持ってチャンスの女神を捕まえられる除歌を作って置いて下さい。これは人生においてとても重要な事です。幸福の可能性は確実ではないものの自分の意思の力が大きく影響する事は間違いありません。

そして、ここからは本当に辛い話になりますが、世の中の成功法則も常識も通用しない、自分の生き方を否定されたような出来事に遭遇した場合の話です。普通に考えたら、ストレスも尋常ではなく、失意や憎悪等、ネガティブな感情に支配されてしまうかもしれません。例えば本気で困って親友だと思っていた人に相談したら軽くあしらわれた等ですね。信じていたものに裏切られたとショックは計り知れないですよね。もしかしたら、最悪の場合、その延長で死に直面するほど窮地に立たされるかもしれません。人生が絶望で終わってしまいそうな状況です。

人生の質の決定権

これは僕の持論です。参考になれば良いと思い話を続けます。信じても良いですし、信じなくても結構です。どちらが正しいとか間違っているとは限りません。

自分の日頃の真面目さや努力、善意とは関係なく世間は冷たく、もしも絶体絶命になってしまった時、「嗚呼、なんて最悪な人生だったんだ……」と思うかどうかは自分が決めて良いのです。幸せは他の誰でも無く自分の心が決めるものだからです。辛い事は間違いありませんが、ネガティブな感情だけに支配されて生涯が終わってしまったら、それこそ悲しいと思いませんか。生まれてから一秒たりとも幸せを感じた事は本当に無かったでしょうか。自分なら、その場になって見なければわからなくもありますが、出来れば、誰かを恨むこと無く、楽しかった瞬間瞬間に感謝しながら人生の幕を閉じたいと思っています。

もし絶体絶命ではなく、人の何倍も辛い状況でも、未来につながる可能性が1パーセントでも残っていたら。そうしたら世の中を呪うのではなく、それでも自分を思い遣り、自分以外の人も思い遣って生きて欲しいのです。

ネガティブな感情は信じられないくらい大きなパワーを持っています。だから、僕たちはネガティブなパワーを拡散しないようにする義務があるのです。少なくとも僕はそのように考えています。「自分が不幸だから」「自分が惨めだから」「努力なんて結局無駄だった」「友情を信じた自分が愚かだった」と思うのではなく、内なる希望を自分の手で創り出して下さい。そして1人でも多くの人に与えて下さい。人間を信じてあげて下さい。そして助けてあげて下さい。そうすれば天国に行けるとか、そういう話ではありません。未来をネガティブで染めてしまうのではなく、自らが最後まで希望を持ち続け、与え続ける事で、次世代に生きる力を与えて欲しいのです。そうする事によって、自分自身の価値がそれこそ圧倒的に上がり、自己評価も高まり、最終的には幸せな人生につながるのではないかと思うのです。

そして、後は運なのかもしれませんが、本当の仲間を手に入れて下さい。