『心理セラピスト』が教える!「あなたは1人じゃない」~おひとりさま~

『心理セラピスト』が教える!「あなたは1人じゃない」~おひとりさま~

「おひとりさま」の背景にあるもの

「おひとりさま」という言葉をよく耳にするようになりました。
「おつれさま」がいない状態をそう呼ぶのだと思うのですが、それにしては不気味なほどに「おひとりさま」という言葉が定着してしまった気がします。

辞書に載っている言葉ではないと思うので定義こそ曖昧ですが、おそらくこんなニュアンスだと思います。「老若男女問わず1人でいる事を美徳と思っている人たち」だと。

僕は基本的に集団行動が苦手です。幼稚園の入園式で、こっそり脱走した経歴があるほど集団が苦手です。僕の基礎人格としてやや自己中心的な要素が強いので「周囲の空気を読んで気を遣ったり、無理に集団のバランスを保つ努力をするよりも、誰かが無償の愛でチヤホヤしてくれるなら別として、そうでなければそっとしておいて欲しい」という性格だからだと思います。

だから幼稚園に限らず小学校も中学校も大学も厳密には好きではありませんでした。もっと言うと会社も嫌いでした。面倒くさいから。
人間関係のパワーバランスほど面倒な物は無い。情けない話しですが大人になってもしばらくはそういう考えをしていました。

ここまで極端な人は珍しいかもしれませんが、「おひとりさま」が流行った背景には人と関わる面倒くささが大きく影響しているのではないかと思えてなりません。
極論をいえば、ウツだって人間と関わった結果に発症してしまうのではないかと言えなくもないと思います。

「便所飯」という奇妙な言葉も、その延長線上にあるのは否定できません。
僕も以前は、同僚と関わりたくなくて猛スピードで昼食を摂り、逃げるように誰もいない場所に行ったりしていたものです。さすがにトイレではなく食堂を利用していましたが。もちろん、今もそのケはありますが、バランスは大切にしていますよ。

日本がここに至るまでのプロセスを遡ると核家族化やバブル時代が大きな影響を与えていると思います。この頃から、人と人との絆を大切にするよりも、拝金主義的な、合理主義的なマインドを見えない何者かに植え付けられてしまった事で、僕たちは人と人との縁を断たれてしまったのです。
学校では偏差値だけを追い求め、社会に出たらお金だけを追い求めている結果、共感能力や個性と個性のぶつかり合い等、生きる上で大切なモノを忘れてしまった気がします。
結果、「勝ち組・負け組」などと言う言葉が流行り出した。人間は社会的動物であるにも関わらず、社会ではなく個人しか見ない生き方を選択してしまいました。

もちろん、すべての人と分かち合って仲良く生きて行くなんて不可能です。しかし、苦手な人とも出来るだけ争わず生きて行く方法を模索したり、損得抜きで支え合おうとしたりするマインドを育てて行く事は、人間が人間として生きて行く以上必須だったはずです。危険人物から逃げる方法だって学ばなければならないことです。

時には自分の想いが伝わらずがっかりしたり、裏切られたりする事もあると思います。疲れたり面倒になったり、ひとりになりたい時もあると思います。いえ。あった方が良いのです。自分の時間を持つと言う事は冷静に休息したり自分を見つめ直したりできるからです。
「空気が読めない人」が増えてしまったから、人と関わるのがめんどうと思えてしまうのは、心から良く分かります。
ただ、そんな事を言っていたら人類は滅亡します。脅しではなく本当に。

「私だけ空気を読んで気を使ったところで、損するだけじゃん!」と思う気持ちは共感できますが、同時に危険思考でもあります。この発想そのものがコミュニケーションスキルの衰退を促しているのです。
今の時代は、孤独の時代です。空気を読める人も少ない。みんな自分勝手。同僚や知り合いはいるけど友達はいない。小学生が友達と遊ぶ時でさえ、アポを取らないと会えない。本当にカオスな時代です。
だからこそ、1人の時間を大切にする事は大切ですが、「おひとりさま」を推奨するのではなく、人と人とのつながりをもっと大事にするマインドを1人1人に意識して欲しいと思います。
「めんどくさくても暖かい」そんな人間関係の方が人間らしくありませんか?