ステキ女子がオバサンにならない方法~脱・自己中&無関心~

ステキ女子がオバサンにならない方法~脱・自己中&無関心~

本当のステキ女子になる

夏休みだからでしょうか。最近、残念な人を多く見かけます。
例えばスパ。私語を慎むように定期的にアナウンスが流れているのにガールズトークで盛り上がっている女の子やおばさまたちがいます。しかも、かなり大きな声。銭湯とは少し形態が違うのでルールも違うのですが、特に気にした様子は無さそうです。男性も(特に若い層)元気があり余って騒いでいるようでした。せっかく癒されに出かけたのにうるさくてちょっぴり悲しい気持ちになりました。もちろん、若い子たちには元気いっぱい楽しい夏の思い出を作って欲しいとは思う反面、このまましないで欲しいなとも思いました。

いつも不思議に思う事があります。スパの事例もそうなのですが、例えば電車で化粧をしている女性っていますよね。一言で「マナー違反」と言い切ってしまえばそれまでなのですが、彼女たちは非常に大きな落とし穴に落ちてしまっている気がします。

若い子には「ウザイ」とかいう言葉を口癖のように言う人が稀にいますよね。「ダルイ」とか。これって、自分に対してと言うより、自分以外の人に対しての意味合いが強いですよね。よくよく考えてみれば、静かにしなければならないところでうるさくされたら彼女たちの言葉で言えば「ウザイ」ですよね。結果的に「ダルイ」状態になってしまいます。これって違和感がありますよね。自分は騒ぐのに、人が騒いでいるとネガティブな気分になってしまうなんて。これって、一見すると「自分さえ良ければ良い」と言う発想に思われそうですが、
どうもそれだけではない気がするのです。

電車の中で化粧をする人。明らかにマナー違反だと思うのですが、本人たちは「朝は時間が無いから」「忙しいから」と言い訳をしつつ開き直っています。化粧っていうのは、そもそも自分を美しく見せるためにするわけですよね。電車の中で慌ただしく化粧をしている姿はちっとも美しくないと思うのですが本人たちは気づいていないのです。これも「自分さえ良ければ良い」に近いですが、やっぱり違和感があるのです。

というのも、これらの例の共通する点は周囲に対して「無関心」過ぎると言う事。
まるで世の中には自分と関係者以外は存在しないかのような意識がどこかにあるように思うのです。だって、静かにすべきところで騒がれたら少なくとも自分はイヤな気持ちになるのに、他人を気にせず騒いだり、美しいと思われるために化粧をしたりているのに美しくない、もっと言えば情けないプロセス(電車で化粧)を多くの人に見られているのです。

人にも自分にも関心を持つ

「自分さえ良ければ」が結果的に「自分のためにもっとも良くない」になってしまっているのですから、奇妙ですよね。そして、人間社会って1人じゃないから成り立っているのに自分しか見えていない。実は「自分自身が見えていない」から「自分以外の人」が見えないのではないかと思うのです。

先ほど「無関心」という言葉を使いましたが、突き詰めたら「自分自身」に対しても、もっと関心を持った方が良いのではないかと言えなくは無いでしょうか。

私は仕事柄、悩める人たちに「まずは自分を見つめ直すことが大切だよ。すべてはそこからだよ」と繰り返し伝えていますが、マナー違反な女子たちも、根本的な自分というモノを見つめ直すことで、もっともっと輝けるんじゃないかな、なんて思うのでした。